東海道新幹線で、JR三島駅の手前(東京寄り)から見た富士山である。
富士山の山頂には直径約 800 メートルの火口があり、その周囲に8つの峰がある。
その中で最も高い峰が剣ヶ峯で、その標高 3,776 メートルが日本最高峰となっている。
富士山8合目(3,250メートル)より高い部分の土地約約 400 万平方メ−トルは
富士山本宮浅間大社(せんげんたいしゃ)の私有地である。
この所有権については、長年、富士山本宮浅間大社と国(財務省東海財務局)との間で争われたが、
「所有権は浅間大社にある」という 30 年前の最高裁判決(最判昭和49年4月9日判時740号42頁)を受け、
2004 年 12 月に正式に浅間大社のものとなった。
富士山本宮浅間大社は、
全国で 1,300 社ほどある浅間神社の総本宮で、富士山それ自身をご神体とする
浅間大神(あさまのおおかみ)を主神として祀ってきた。
「富士本宮浅間社記」によれば、第7代孝霊天皇の御代、富士山が大噴火をしたため、
周辺住民は離散し、荒れ果てた状態が長期に及んだとある。
第11代垂仁天皇はこれを憂い、
その3年(紀元前27年)に浅間大神を山足の地に祀り山霊を鎮めたという。
これが浅間大社の起源とされる。
その後、大同元年(806年)、坂上田村麻呂が勅命を奉じて、
現在地(静岡県富士宮市宮町1-1)に壮麗な社殿を造営した。
さらに時代は下り、徳川家康が公式に富士山山頂の本宮支配を認めた。
家康が慶長9年(1604年)に造営した本殿・拝殿・楼門が現存している、
しかし、明治に入って国有地となり、本宮に無償貸付していると解釈された。
戦後、「社寺等に無償で貸し付けてある国有処分に関する法律」に基づいて、
富士山8合目以上の国有地も神社に返還されるものと考え、神社は国に譲与申請を行ったが、
一部しか返還されなかったため裁判となった。
その後の最高裁判所の判決では、「富士山は浅間神社にとって神体山であり、宗教上の儀式、行事に必要な土地に該当する。
―(中略)―国の主張のような国民感情や具体的計画に基づかない文化・観光その他の公共の用に供するための
国有存置は公益上の必要には当たらない。」というものであった。
| 2006年03月15日更新 | ||
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