海堂尊の医療エンターテイメント

地方都市物語
表紙 極北クレイマー
著者 海堂尊
出版社 朝日新聞出版
サイズ 単行本
発売日 2009年04月
価格 1,728円(税込)
rakuten
ISBN 9784022505712
財政破綻にあえぐ極北市。赤字5つ星の極北市民病院に、非常勤外科医の今中がやってきた。院長と事務長の対立、不衛生でカルテ管理もずさん、謎めいた医療事故、女性ジャーナリストの野心、病院閉鎖の危機…。はたして今中は桃色眼鏡の派遣女医・姫宮と手を組んで、医療崩壊の現場を再生できるのか。
 
メディアはいつもそうだ。自か黒の二者択一。そんなあなたたちが世の中をクレイマーだらけにしているのに、まだ気がつかないのか。(443 ページ)

映画化もされた『チーム・バチスタの栄光』『ジェネラル・ルージュの凱旋』などでお馴染みの海堂尊による医療小説だ。

今回は、夕張市のように財政に苦しむ北の街が舞台。いままでの作品に登場する大学病院に比べると、あまりにも貧弱な地方病院の実情を浮き彫りにする。加えて、 福島県立大野病院の医師起訴のような事件が発生する。
今回の作品はミステリーではなく、こうしたギリギリの状況の中で生活する医師、看護師、役人、マスコミ、遺族といった様々な人物の心の動きにスポットを当てた人間ドラマである。

それにしても、単なる小説に過ぎないのに、物語が進行するにしたがって、いままでの作品に登場する人物との関係が織り込まれていく点は凄いと感じる。ジェネラル・ルージュこと速水医師も、最後にちょっとだけ顔を出す。おそらく海堂ワールドは、現実のすぐ隣に存在するのだろう。
(2009 年 11 月 9 日 読了)
表紙 極北ラプソディ
著者 海堂尊
出版社 朝日新聞出版
サイズ 単行本
発売日 2011年12月
価格 1,728円(税込)
rakuten
ISBN 9784022509208
赤字建て直しをはかる世良院長、目前の命を必死に救う救急医の速水、孤島の診療所の久世医師の姿をとおして、再建の道をさぐる。『極北クレイマー』に続くメディカル・エンターテインメント第2弾。
 
救急医療がペイしないというのは真っ赤な嘘さ。うまくやればこれほど儲かるエリアはない。でもお役所仕事では絶対に成立しないのさ。(50 ページ)

著者は、外科医、病理医を経て、独立行政法人放射線医学総合研究所重粒子医科学センター Ai 情報研究推進室室長になった海堂尊さん。2006 年(平成 18 年)、映画にもなった『チーム・バチスタの栄光』で小説家デビューを果たした。
本作は『極北クレイマー』の続編。前作で財政破綻した極北市の病院再建請負人として市民病院長に着任した世良雅志と、外科医の今中良夫の日常が中心に話が展開していくが、前作を読んでいなくても楽しめる。
実際に破綻した夕張市への取材を敢行し、ドクター・ヘリの導入や道州制論議といった現実世界で進行中の問題を小説の背景設定に組み込むのは海堂ワールドの真骨頂。
さらに、『ジェネラル・ルージュの凱旋』で極北救命救急センターへ左遷された速水晃一と花房美和や、『モルフェウスの領域』にも登場する天才技術者・西野昌孝が活躍する。これらの海堂ワールドを読んでいる方には、さらに楽しめること請け合い。

病院再建請負人として院長に着任した世良雅志は、救急患者を一切受け付けず、極北救命救急センターへ回すように命じる。極北救命救急センターの副センター長は、東城大学医学部の後輩・速水晃一だ(このあたりの事情は『ブラックペアン 1988』に詳しい)。一方、訪問看護に力を入れる。
世良は笑顔でこう言う。「そうだよ。当たり前のことを当たり前にやれば、ものごとは破綻しない。特に医療のように、人々から必要とされるものならなおさらだ。じゃあ、なぜ破綻するのか。簡単さ。最初の設計が間違っているからだ。医療が壊れるとしたら、大穴の開いているバケツに水を注ぎ続けようとする、大バカ者たちのせいさ」(326 ページ)。
ところが、診療費不払いのために世良が診察拒否した患者が急死する事件が起きる。それまで世良を救世主として持ち上げていたマスコミは、一転してバッシングへ転じる。
そんな中、極北救命救急センターへ派遣された今中は、患者の命を救うために日夜努力するスタッフたちに、「いのちが助かるか、失われるかは時の運。いちいち結果を気にしていたら、僕たちみたいな凡人医師は保たない」(113 ページ)と語る世良とは正反対の世界を見る。だが、速水は「世良先生は病んだ社会にメスを振るおうとしている。ならば俺はその手のひらからこぼれおちる命を拾い上げる。つまり、これは役割分担なんだ」(147 ページ)と、今中を諭す。
そして、ドクタージェットの試験飛行で神威島へ降り立った世良は、18 年ぶりに会った久世敦夫医師を前に、苦しい心の内をさらけ出す。

本作はミステリーではなく、世良・速水・花房を中心とした医療サイドの人間関係に、大月・越川という職人根性を持った人々が絡み合う、人間ドラマ仕立てになっている。
『ジェネラル・ルージュの凱旋』でドクター・ヘリの導入に心血を注いでいた速水が、極北のドクター・ヘリに乗りたがらないという設定も面白い。
(2012 年 4 月 30 日 読了)
表紙 ナニワ・モンスター
著者 海堂尊
出版社 新潮社
サイズ 単行本
発売日 2011年04月
価格 1,728円(税込)
rakuten
ISBN 9784103065739
新型インフルエンザ「キャメル」患者が発生した浪速府。経済封鎖による壊滅的打撃、やがて仄見える巨大な陰謀。ナニワの風雲児・村雨府知事は、危機を打開できるのか?村雨が目論む、この国を破滅から救うための秘策とはー。
 
ご心配なく。これはクーデターではなく、市民のための独立戦争なのです(335 ページ)

2005 年(平成 17 年)、『チーム・バチスタの栄光』(宝島社)で第4 回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、小説家としてデビューした現役医師・海堂尊による医療エンターテイメント最新作。今回は、浪速市(大阪府がモデルと思われる)に新型インフルエンザが発生、大パニックが起きるところから物語が始まる。
イノセント・ゲリラの祝祭』で大活躍した彦根医師や、シリーズを通しておなじみの厚労省・白鳥室長が登場。近作でラスボスの雰囲気を漂わせている警察庁・斑鳩室長も暗躍。全体としてサスペンス・ドラマ仕立てになっている。

本作では医療と司法の対立がひとつの軸になっているが、これについては著者のドキュメンタリー『ゴーゴー Ai』に詳しい。
医療の頂点に君臨する医師資格と、司法の頂点に君臨する弁護士資格は、ともに国家試験の最難関。国家公務員I種(キャリア)などを鼻息で飛ばしてしまうほどのプライドを育んできた資格であるが、それゆえ、両者の哲学的・社会的な根深い対立を生んでいると言える。
著者が医師であるためだろう、本作も「医療=正義」の視点で進んでいく。たとえばベテランの検察官に「どこにも正義はない。正義の標準は赤煉瓦の建物で決定され、正義を達成するため我々検察官が正邪を糺す。検察官が実行することが正義だ」(267 ページ)と語らせる一方で、『イノセント・ゲリラの祝祭』で活躍した医師・彦根は「検察は社会正義を装いますが、現実は検察の利益を社会正義と履き違えている」(348 ページ)と言い切る。

私が好きなミステリー SF『鋼鉄都市』(アイザック・アシモフ=著)では、刑事イライジャ・ベイリとロボット・ダニール・オリヴォーが「正義」について論じる場面がある。ここでは司法権から見た純粋論理で話が進む。にもかかわらず人間的な議論が展開されてゆくのは、本書と好対照だ。(ちなみに、アシモフは生化学者でもある)
思うに、医療と司法の対立というのは、純粋実存主義と純粋論理主義の対立に置き換えることができるのではないだろうか。「実存=現実」「論理=理想」と置き換えてもいい。
個人的な経験論になってしまうのだが、自分が説明する当事者となった場合、医師には「たとえ話」で話した方が伝わりやすいが、弁護士には「ロジック」(私が得意とするプログラム・ロジック)で話しても通用する。どちらに正義があるという問題ではなく、依って立つパラダイムが違うだけように感じる。

『ナニワ・モンスター』に話を戻そう。
医療と司法の対立軸が縦軸とすれば、本書には、東京と浪速(大阪)という政治的・歴史的な対立を横軸として設け、話に厚みを出してみせる。このような立体展開は、著者の医療ミステリー・シリーズでは初めての試みではないだろうか。
現実世界の話として、日本国首府に対する政治的牽制として大阪府に副首府を任せるのは面白いアイデアだと思う。2011 年(平成 23 年)時点では、東京都(石原都知事)が日本国首府を牽制している形になっているが、これはリスクが高い。国が戒厳令を発動すれば、たちまち東京は国の統制下に置かれるからだ。その点、物理的に距離が離れている大阪であれば、国の動きに反対することもできよう。
なにも、クーデターとか革命を起こそうというわけでは無い。組織が大きくなればなるほど、腐敗や独裁を防ぐため、内部に監査機関は必要である。その役割を大阪に担ってもらおうという話である。
最近、橋本大阪府知事が副首都構想をぶち上げた。人気取りかと思って記事を斜め読みしただけだが、もし本気で首府に対して牽制球を投げる覚悟があるなら、東京都民の一人として応援したい。
これも最近の話だが、著者の海堂先生は、病理専門医から提訴された名誉毀損裁判で敗訴が確定している。彼は司法の判断を大人しく受け入れるのだろうか。

本書の最後の方は桜宮市に舞台を移し、『アリアドネの弾丸』の最後のシーンに重なる。今後の展開が楽しみだ。
(2011 年 7 月 12 日 読了)
この項つづく
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