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ジャーナリズムの原則 | ||
| 著者 | ビル・コヴァッチ/トム・ローゼンスティール | ||
| 出版社 | 日本経済評論社 | ||
| サイズ | 単行本 |
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| 発売日 | 2002年12月 | ||
| 価格 | 1,980円(税込) | ||
| ISBN | 9784818814479 | ||
ジャーナリズムのそもそもの目的は、市民の自由、そして自治に必要な情報を市民に提供することである。(13ページ)
概要
本書は、アメリカのジャーナリスト委員会(CJR)が主導した大規模調査に基づき、ビル・コヴァッチとトム・ローゼンスティールが著したものである。インターネットの普及やメディア再編が加速する中で、ジャーナリズムとは何のためにあるのか、その本質的な存在意義と原則を問い直している。
ジャーナリズムの第一義的な目的は、市民が自由かつ自治的な社会の一員として機能するために必要な情報を提供することである。民主主義は、独立した情報と慎重な批判的思考なくして成立しない。ジャーナリストが政府・企業・権力から切り離された独自の立場を保ちうる根拠はここにある。
本書が提示するジャーナリズムの主要原則は以下のとおりである。
- 真実への忠誠‥‥ここでいう真実とは単なる事実の羅列ではなく、市民が自分の生活や社会を理解するうえで機能する実践的な真実である。事実の確認にとどまらず、文脈・比率・意味を加えた検証が求められる。
- 市民への第一の忠誠‥‥ジャーナリストは雇用主やスポンサーより先に、読者・視聴者への責任を負う。利益相反がある場合には開示する姿勢が不可欠である。
- 検証の規律‥‥科学的な方法とは異なるが、ジャーナリズムには独自の検証手法がある。情報源の多角的確認、自己の推測への疑い、透明性の確保がその核心をなす。
- 権力の監視と声なき市民の代弁‥‥権力者を監視する「番犬(ウォッチドッグ)」機能はジャーナリズムの根幹であり、それは政府だけでなく企業・NGO・あらゆる社会的権力に及ぶ。市場原理に支配された現代のメディア環境において、この機能は弱体化しやすいと著者たちは警告する。
- 公共の討論の場としての役割‥‥ジャーナリズムは単に情報を伝えるだけでなく、多様な意見が交わされる公共の広場を形成しなければならない。しかしその場は、センセーショナリズムや党派的偏向ではなく、事実と誠実さを基盤とするものでなければならない。
- 独立性の確保‥‥ジャーナリストの独立性は、所有者・広告主・政治勢力からの独立を意味する。また、取材対象との距離を保つことも含まれる。
- 良心上の義務‥‥ジャーナリストは編集局の方針に盲目的に従うのではなく、個人的な倫理観に基づいて判断を下す責任を負う。これは組織への忠誠と時に緊張関係を生むが、その緊張こそがジャーナリズムの品質を支える。
著者たちはまた、メディア環境の変容がもたらす脅威についても鋭く分析している。インターネット時代には「スピンドクター」(情報操作の専門家)が増殖し、ニュースとエンターテインメントの境界が曖昧になり、速報性や視聴率優先の論理がジャーナリズムの本来の使命を蝕みやすいと指摘する。さらに、ケーブルテレビやトークラジオにおける党派的報道の台頭は、公共の討論の質を低下させるリスクをはらんでいる。
同時に、本書は多様性の問題にも目を向ける。編集局において人種・民族・文化的背景の多様性が欠如していると、ニュース選択における盲点が生まれ、特定の声が体系的に排除される。市民の現実を正確に映し出すためには、取材者の構成そのものが社会を反映していなければならない。

本書の核心にあるのは、ジャーナリズムはプロフェッションであるという認識だ。利益を追求する企業の一部門であっても、ジャーナリストは社会的責任を持つ専門職として機能できる。しかしそのためには、原則への自覚と、それを組織の論理に抗して守り抜く意思が不可欠である。ジャーナリズムの原則を深く理解し、信頼に値する実践を積み重ねることが、民主主義そのものを支える基盤となる、と著者たちは力強く訴えている。
本書の核心にあるのは、ジャーナリズムはプロフェッションであるという認識だ。利益を追求する企業の一部門であっても、ジャーナリストは社会的責任を持つ専門職として機能できる。しかしそのためには、原則への自覚と、それを組織の論理に抗して守り抜く意思が不可欠である。ジャーナリズムの原則を深く理解し、信頼に値する実践を積み重ねることが、民主主義そのものを支える基盤となる、と著者たちは力強く訴えている。
レビュー
本書はジャーナリスト向けの教科書だが、ネット時代に情報発信する私たちも参考になるだろう。「人びとが友人、もしくは知りあいに会ったときに、まずはじめにすることのひとつは、情報を共有することである」と始まる。なぜなら「その人が自分たちと同じように情報に反応するかどうかをひとつの基準として、知りあい、友だちを選び、人物を判断する」(1ページ)からだ。
著者は、「情報が民主主義を作った」(11ページ)という観点から、本書を執筆している。すべてのジャーナリスト、編集者だけでなく、われわれのようなネットで発信する一般人にとっても参考になる教科書である。

著者は、ジャーナリズムの嚆矢を1609年頃のイギリスのコーヒーハウスとした。東インド会社が設立され、欽定訳聖書が出版され、欧州大陸ではケプラーやガリレオによる科学革命がはじまった時代だ。
著者は、真実の定義が曖昧であることに触れたうえで、「ジャーナリズムの核心は検証の規律である」(87ページ)と説く。つまり、「真実を追究し、それを市民に伝えるにあたって決定的に重要なのは、つまり、中立ではなく、独立である」(199ページ)というのだ。
ここで気をつけなければならないのは、英語では真実(truth)と事実(fact)は異なる概念だということだ。真実には人の判断が含まれる。

著者は、「ジャーナリストは権力にたいする独立した監視役という役割をはたさなければならない」(143ページ)と指摘する。そこで、「ジャーナリズムは大衆の批判やコメントのための公開討論の場を提供しなくてはならない」(175ページ)という。
著者は、「ジャーナリズムは、私たちの現代の地図である」(219ページ)と指摘する。
だが、ジャーナリズムも資本主義に組み込まれている以上、利潤を上げなければならない。ここで著者は、「聴視者を集めたいだけなら、街角でストリップショーをし、裸になることだ」(226ページ)と嫌みをいう。
――さて、現代において、わが国のジャーナリズムは、これらの原則に従っているだろうか。
著者は、ジャーナリズムの嚆矢を1609年頃のイギリスのコーヒーハウスとした。東インド会社が設立され、欽定訳聖書が出版され、欧州大陸ではケプラーやガリレオによる科学革命がはじまった時代だ。
著者は、真実の定義が曖昧であることに触れたうえで、「ジャーナリズムの核心は検証の規律である」(87ページ)と説く。つまり、「真実を追究し、それを市民に伝えるにあたって決定的に重要なのは、つまり、中立ではなく、独立である」(199ページ)というのだ。
ここで気をつけなければならないのは、英語では真実(truth)と事実(fact)は異なる概念だということだ。真実には人の判断が含まれる。
著者は、「ジャーナリストは権力にたいする独立した監視役という役割をはたさなければならない」(143ページ)と指摘する。そこで、「ジャーナリズムは大衆の批判やコメントのための公開討論の場を提供しなくてはならない」(175ページ)という。
著者は、「ジャーナリズムは、私たちの現代の地図である」(219ページ)と指摘する。
だが、ジャーナリズムも資本主義に組み込まれている以上、利潤を上げなければならない。ここで著者は、「聴視者を集めたいだけなら、街角でストリップショーをし、裸になることだ」(226ページ)と嫌みをいう。
――さて、現代において、わが国のジャーナリズムは、これらの原則に従っているだろうか。
(2018年01月13日 読了)
(この項おわり)
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