『平成の東京 12の貌』――同世代の作家が見る東京

文藝春秋=編
表紙 平成の東京 12の貌
著者 文藝春秋編
出版社 文藝春秋
サイズ 新書
発売日 2019年01月18日頃
価格 1,078円(税込)
rakuten
ISBN 9784166612031
はとバスは70年間、浮き沈みを繰り返す東京を走り続け、時代のムードを敏感に察知しながら、常に時代の半歩先を行く東京観光を生み出してきた。(165ページ)

概要

東京都庁舎のイラスト
本書は、月刊『文藝春秋』で連載された「50年後の『ずばり東京』」から、主に東京に住む人々の暮らしや意識の変遷を描いた12本の記事を選んで収録したものである。12人のノンフィクション作家が自身で取材するテーマや街を選び、リレー形式で執筆したもので、昭和と平成という2つの時代を筆者が行き来するルポルタージュとなっている。
私は東京で生まれ育ったのだが、12人の作家の多くが同世代ということもあり、同じ視点で東京という街を見ているのだな、という共感を覚えた

レビュー

ゴジラとタワーマンション(髙山文彦)――髙山さんは、高さ150メートルある東京タワーの大展望台から見る風景がすっかり変わったことを嘆く。高層建築が増えたのである。
「私の知っているゴジラは、身長が50メートル、体重は2万トン。250メートル級タワーの5分の1しかない。そんな程度の大きさでは、とても東京を破壊することなんてできないじゃないか」(11ページ)。
「土地は古くならない。土地には歴史が刻まれているから」(27ページ)と指摘し、建物に頼りすぎる東京都民に警鐘を鳴らす。数百年にわたって災害から守ってきた土地がある一方、戦後に造成した土地に建つ建物は、その足下からして危ういというのだ。

保育園反対を叫ぶ人たち(森健)――マスコミがよく取り上げる話題だ。これを解決した85歳の老人は、「うちの協議会にも最後の最後まで『保育園開設は反対』と強硬に言い張る人がいた。問題は、その強硬な反対の人とどう対したかなのです」(58ページ)と語る。声が大きい人が公共の和を乱す。それが今の東京だ
森さんは最後に、読者に宿題を出す。「誰もが自分の権利を主張する時代に、どうしたら寛容になれるのだろう」(60ページ)。

虐待と向き合う児相の葛藤(稲泉連)――都内には11か所の児童相談所があるという。管轄する地域によって抱える問題の傾向も異なる。所長が「この仕事は誰かがやらなければならないのですから」と語るところに、東京の闇を感じる。

東大を女子が敬遠する理由(松本博文)――「東大男子と女子大のカップルは普通にいるのに、東大女子と他大の男子というパターン は、ほとんど聞いたことがない」(102ページ)という。東大側は、女子学生を母校へ派遣したり、3万円の家賃補助をするなど女子学生の書くときに躍起になっているが、効果は出ていない。

「ラジオ深夜便」のある生活(樽谷哲也)――かつて、NHKのラジオは、深夜は放送を休止していた。事実上の24時間放送となる契機は、昭和天皇の容態を速報で伝えたことにある。1990年4月、深夜便が始まった。私は深夜便は効いたことはないが、学生時代はFM東京の深夜番組「ジェットストリーム」のファンだった。いまはネットでラジオも聴ける時代。著者の樽谷さんは同世代である。

エリートが集う「リトル・インド」(佐々木実)――西葛西は多くのインド人が集まるリトル・インドだ。2000年代以降に急激に増え、短期滞在のIT技術者が多いという。
近代国家日本が開国して間もない1880年代、いち早く日本にやってきたのがシンド商人だったそうだ。シンド商人は神戸に共同体を形成している。神戸には様座七宗教施設があり、インドの宗教ジャイナ教の日本で唯一の寺院もある。
インド人と日本人の子どもが同じ学校で英語で授業を受ける。21世紀の東京は、確実に多様化している

はとバスは進化し続ける(小林百合子)――東京に住んでいると「はとバス」に乗る機会は少ないが、面白いツアーが企画されているのはチラシを見れば分かる。何度か経営危機に陥ったのも見てきているが、そのたびに復活した背景には、「知的好奇心という、人間の内にある『興味の未開地』を開拓してきたから」(185ページ)だという。なるほど。

八丈島の漁師と青梅の猟師(服部文祥)――猟(漁)はしたことがないので分からないが、東京には獣を狩れる山林、漁業ができる島嶼があることを、あらためて想起させる。

いまどき女子は神社を目指す(野村進)――『千年、働いてきました』『千年企業の大逆転』の著者、野村進さんが、神社で見かけた女子にインタビュー。東京大神宮は、2018年に初詣した。たしかに女性が多い。

新3K職場を支えるフィリピン人(西所正道)――会議の現場で働く心優しいフィリピン人たちを取材した西所さん。EPAで来日した介護福祉士は、「きつい」「汚い」「給料が安い」ではなく、「健康」「工夫」「共感」こそが3Kだと言ったとか。素晴らしい。

将棋の聖地に通う男たちの青春(北野新太)――2004年、プロ編入試験に合格し棋士に復帰した瀬川晶司さんへの取材を通じ、千駄ヶ谷の将棋会館を描く。前回の東京オリンピックのあと、1976年に建設された。次のオリンピックへ向けて千駄ヶ谷周辺は騒がしくなっている。

貨物専用「JR隅田川駅」のいま(長田昭二)――貨物専用駅を取材。国鉄の分割民営化で極端にスリム化したJR貨物だが、二酸化炭素排出量の少なさを売りに、「鉄道貨物で輸送する商品には、審査のうえで『エコレールマーク』の掲出が許可される」(302ページ)という。さらに、「R貨物が1年間で取り扱うコンテナ輸送量は約2200万トン。そのうち、13%にあたる約285万トンが宅配便なのだ。これは約375万トンの食料工業品、約300万トンの紙・パルプに次ぐ3位にランクされる実績」(316ページ)とも。鉄道輸送も大切な流通手段だ。
(2019年2月8日 読了)

参考サイト

(この項おわり)
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