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世界は基準値でできている | ||
著者 | 永井 孝志/村上 道夫/小野 恭子/岸本 充生 | ||
出版社 | 講談社 | ||
サイズ | 新書 |
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発売日 | 2025年06月19日頃 | ||
価格 | 1,320円(税込) | ||
ISBN | 9784065401583 |
基準値のなりたちを知ることは、そこにあるリスクにどう向き合えばよいのかを知ることでもある。そして基準値の決定には「科学的な評価」のみならず、社会・経済・文化など、さまざまな要素も加味されるため、基準値の根拠を探ることは「世の中の意思決定のしくみ」を探ることでもある。そんな純粋な面白さが、基準値には隠されているのだ。(ページ)
概要

本書は、『基準値のからくり』(2014年6月)を執筆した4人の専門家が再び集結し、基準値の最新情報を行区祝した内容になっている。

はじめに
基準値によくある4つの特徴
1.従来型の科学だけでは決められない
2.数字を使いまわしてしまう
3.一度決まるとなかなか変更されない
4.法的な意味はさまざまである

はじめに
基準値によくある4つの特徴
1.従来型の科学だけでは決められない
2.数字を使いまわしてしまう
3.一度決まるとなかなか変更されない
4.法的な意味はさまざまである

第1章 男と女の基準値
近代オリンピックにおける性別確認は迷走を続けてきた。1964年の東京オリンピックの400メートルリレーで金メダルを獲得したポーランドのエワ・クロブコフスカ選手は、性染色体検査の結果「女性ではない」と判定されメダルを剥奪されたが、1968年に男児を出産し、1999年になってメダルが返却された。1988年には、XY染色体を持つ完全型アンドロゲン不応症であるスペインのマリア・ホセ・マルティネス=パティーニョ選手に、女子選手として1992年のバルセロナオリンピック選考会に出場する権利が認められた。
近代オリンピックにおける性別確認は迷走を続けてきた。1964年の東京オリンピックの400メートルリレーで金メダルを獲得したポーランドのエワ・クロブコフスカ選手は、性染色体検査の結果「女性ではない」と判定されメダルを剥奪されたが、1968年に男児を出産し、1999年になってメダルが返却された。1988年には、XY染色体を持つ完全型アンドロゲン不応症であるスペインのマリア・ホセ・マルティネス=パティーニョ選手に、女子選手として1992年のバルセロナオリンピック選考会に出場する権利が認められた。
性染色体による検査では男女の判断が難しいことから、1999年に性別確認検査を廃止した。このことでかえって性別をめぐる問題が再燃し、さらには一部人種・民族に限って性別確認検査を行うなどの差別的な扱いが出てきた。
そこで、2012年のロンドンオリンピックでは、テストステロン濃度 10\(nM \) の基準値が導入された。ただし、10\(nM \) に医学的な根拠はない。2014年にインドのデュティ・チャンド選手はテストステロン基準値超過のため女子選手として出場できなくなり、チャンド選手は CAS(Court of Arbitration for Sport;スポーツ仲裁裁判所)に異議申し立てを行った。2015年に、CAS はテストステロンルール一時停止の判決を下す。2016年のリオデジャネイロオリンピックでは、チャンド選手は予選敗退したものの、アンドロゲン過剰症の南アフリカのキャスター・セメンヤ選手は女子800メートルで独走し、金メダルを獲得した。
2017年に国際陸連は、女子選手のテストステロン濃度と競技成績の関係について考察した論文を提出し、2021年の東京オリンピックからテストステロンルールが復活した。基準値は \( 5nM \) に引き下げられた。2024年のパリオリンピックでは、さらに引き下げられ \( 2.5nM \) になった。これにトランスジェンダーの出場ルールが加わり、出場資格のルールは混迷を極めることになる。オリンピックとパラリンピックでも、出場資格のルールが異なってしまったのだ。
本書は、テストステロンを投与すると競技の成績が向上するという関係性を取り上げ、相関関係があっても因果関係があるとはかぎらないと指摘する。成績向上に本当に意味があるのは筋肉量であり、テストステロン値は筋肉量が増えたことで上昇しているにすぎない可能性があるからだ。そして、「ボーダレスの時代に対応して、スポーツの世界でも性別を『男女』の二分法しかない現状から変化していく必要はあるかもしれない。このような考えを突きつめていけば、オリンピックとパラリンピックの境界さえ、いずれはなくなる可能性があるだろう」と締めくくっている。
そこで、2012年のロンドンオリンピックでは、テストステロン濃度 10\(nM \) の基準値が導入された。ただし、10\(nM \) に医学的な根拠はない。2014年にインドのデュティ・チャンド選手はテストステロン基準値超過のため女子選手として出場できなくなり、チャンド選手は CAS(Court of Arbitration for Sport;スポーツ仲裁裁判所)に異議申し立てを行った。2015年に、CAS はテストステロンルール一時停止の判決を下す。2016年のリオデジャネイロオリンピックでは、チャンド選手は予選敗退したものの、アンドロゲン過剰症の南アフリカのキャスター・セメンヤ選手は女子800メートルで独走し、金メダルを獲得した。
2017年に国際陸連は、女子選手のテストステロン濃度と競技成績の関係について考察した論文を提出し、2021年の東京オリンピックからテストステロンルールが復活した。基準値は \( 5nM \) に引き下げられた。2024年のパリオリンピックでは、さらに引き下げられ \( 2.5nM \) になった。これにトランスジェンダーの出場ルールが加わり、出場資格のルールは混迷を極めることになる。オリンピックとパラリンピックでも、出場資格のルールが異なってしまったのだ。
本書は、テストステロンを投与すると競技の成績が向上するという関係性を取り上げ、相関関係があっても因果関係があるとはかぎらないと指摘する。成績向上に本当に意味があるのは筋肉量であり、テストステロン値は筋肉量が増えたことで上昇しているにすぎない可能性があるからだ。そして、「ボーダレスの時代に対応して、スポーツの世界でも性別を『男女』の二分法しかない現状から変化していく必要はあるかもしれない。このような考えを突きつめていけば、オリンピックとパラリンピックの境界さえ、いずれはなくなる可能性があるだろう」と締めくくっている。

第2章 新型コロナの基準値(1)「距離と時間」の狂騒曲
新型コロナのソーシャルディスタンスは、国によってバラバラだ。厚生労働相が提唱した「1メートル・15分」ルールは、じつは、保健所などが接触者追跡を行う際、すべての接触者を追跡するわけにはいかないので、この基準値で線引きをしている。
新型コロナのソーシャルディスタンスは、国によってバラバラだ。厚生労働相が提唱した「1メートル・15分」ルールは、じつは、保健所などが接触者追跡を行う際、すべての接触者を追跡するわけにはいかないので、この基準値で線引きをしている。
飛沫に関して科学的に見るなら、小さな飛沫は8メートル程度まで飛ぶこともわかってきている。後付けではあるが、スーパーコンピュータ「富岳」によるシミュレーションで、1メートルの基準値に感染リスク低減効果があることがわかってきた。
また、米バーモント州の刑務所における刑務官の感染事例から、15分にも根拠があることが分かった。ところが、国内のある小学校では「給食を14分で食べなければいけない」といったトンデモルールが登場する。
本書は、「基準というものは、考えるという行為を遠ざけさせてしまう格好の道具である」と戒めている。
また、米バーモント州の刑務所における刑務官の感染事例から、15分にも根拠があることが分かった。ところが、国内のある小学校では「給食を14分で食べなければいけない」といったトンデモルールが登場する。
本書は、「基準というものは、考えるという行為を遠ざけさせてしまう格好の道具である」と戒めている。
第3章 新型コロナの基準値(2)空気感染とはなんだったのか
飛沫感染の飛沫とは \( 5\mu m \) より大きいもの、マイクロ飛沫は \( 5\mu m \) 未満のもの。しかし、海外と日本では、その定義が異なる。また、海外では \( 5\mu m \) 未満のものをエアロゾルと呼ぶ。だが、日本エアロゾル学会の解説によると、エアロゾルの定義は \( 1nm \) 程度から \( 100 \mu m \) までの範囲を指すという。ちなみに新型コロナウイルス自体の大きさは \( 0.1 \mu m \) 程度で、マイクロ飛沫よりもさらに小さい。
日本では、粒径 \( 5\mu m \) 以上の飛沫による感染を飛沫感染と呼ぶ。一方、WHOでは飛沫が直接触れて感染することを飛沫感染と呼び、飛沫を吸って感染した場合は空気感染と呼ぶ。ところが、日本で2007年に策定された「新型インフルエンザ対策ガイドライン」によれば、マイクロ飛沫による飛沫感染を空気感染と定義している。結果、感染対策が混乱した。
感染対策として部屋の換気が推奨され、その基準として「CO2 濃度1000ppm」という値が採られた。この背景として、1970年に制定されたビル管理法で、環境衛生管理基準として、諸外国とだいたい横並びの「1000ppm」という数字がある。根拠はないのだが、役に立つ基準値だという。
飛沫感染の飛沫とは \( 5\mu m \) より大きいもの、マイクロ飛沫は \( 5\mu m \) 未満のもの。しかし、海外と日本では、その定義が異なる。また、海外では \( 5\mu m \) 未満のものをエアロゾルと呼ぶ。だが、日本エアロゾル学会の解説によると、エアロゾルの定義は \( 1nm \) 程度から \( 100 \mu m \) までの範囲を指すという。ちなみに新型コロナウイルス自体の大きさは \( 0.1 \mu m \) 程度で、マイクロ飛沫よりもさらに小さい。
日本では、粒径 \( 5\mu m \) 以上の飛沫による感染を飛沫感染と呼ぶ。一方、WHOでは飛沫が直接触れて感染することを飛沫感染と呼び、飛沫を吸って感染した場合は空気感染と呼ぶ。ところが、日本で2007年に策定された「新型インフルエンザ対策ガイドライン」によれば、マイクロ飛沫による飛沫感染を空気感染と定義している。結果、感染対策が混乱した。
感染対策として部屋の換気が推奨され、その基準として「CO2 濃度1000ppm」という値が採られた。この背景として、1970年に制定されたビル管理法で、環境衛生管理基準として、諸外国とだいたい横並びの「1000ppm」という数字がある。根拠はないのだが、役に立つ基準値だという。

第4章 トライアスロンと水浴の基準値
2024年のパリオリンピックでは、トライアスロン競技者の10%が胃腸炎になったとしてニュースが出たが、もちろん、競技を行えるかどうかを判定するために、大腸菌数を使った水質基準値はあった。だが、この基準値を下回る場合でも、水浴で感染症にかかるリスクがあることが分かってきた。
2024年のパリオリンピックでは、トライアスロン競技者の10%が胃腸炎になったとしてニュースが出たが、もちろん、競技を行えるかどうかを判定するために、大腸菌数を使った水質基準値はあった。だが、この基準値を下回る場合でも、水浴で感染症にかかるリスクがあることが分かってきた。
調査によれば、セーヌ川は道頓堀川よりも、雨のときは3倍以上、雨以外のときは2倍程度、大腸菌濃度が高い。とはいえ、道頓堀川も日によってかなり値が変動している。この結果からは、セーヌ川のほうが道頓堀川より汚い、と一概に言うことはできず、むしろセーヌ川も道頓堀川も、おおよそどっこいどっこいであり、より正確にいえば、日によって違う、というのが実際のところだ。

第5章 放射線の基準値
福島第一原発の処理水におけるトリチウム濃度「\( 1500 Bq / \ell \)」という基準値の根拠は、生まれてから70歳になるまで毎日2.65リットル摂取しつづけた場合に、平均の線量率が年間 \( 1mSV \) に達する濃度というものだ。さらに経済産業省は、2019年10月時点で原発敷地内のタンクに貯蔵されているトリチウムの総量約860兆\( Bq \)を含む処理水をすべて1年間で排出しても、魚介類を食べることなどによる追加被曝は年間0.000071~0.00081\( mSV \) 程度、という評価結果を公表している。許容可能なレベルである年間 \( 1mSV \) よりも何桁も小さい。
福島第一原発の処理水におけるトリチウム濃度「\( 1500 Bq / \ell \)」という基準値の根拠は、生まれてから70歳になるまで毎日2.65リットル摂取しつづけた場合に、平均の線量率が年間 \( 1mSV \) に達する濃度というものだ。さらに経済産業省は、2019年10月時点で原発敷地内のタンクに貯蔵されているトリチウムの総量約860兆\( Bq \)を含む処理水をすべて1年間で排出しても、魚介類を食べることなどによる追加被曝は年間0.000071~0.00081\( mSV \) 程度、という評価結果を公表している。許容可能なレベルである年間 \( 1mSV \) よりも何桁も小さい。
第6章 原子力発電所の基準値
日本では、ドイツやアイスランドと同様に、工学プラントの管理にリスク許容基準が採用されていない。しかし、英米の流れを受け、2003年に原子力安全委員会(当時)が、定量的な安全目標を策定した。2013年には、「セシウム137の放出量が \( 100TBq \) を超えるような事故の発生頻度は、100万炉年に1回程度を超えないように抑制されるべきである」という基準を追加した。
次世代の原子炉として、電気出力が30万kW程度以下の小型原子炉(SMR)の研究開発が進められている。SMRは一基当たりの原子炉の熱出力が小さいため、一基当たりの崩壊熱が小さく、福島第一原発事故のようにポンプなどを使用する冷却機能を喪失しても、自然現象を利用した放熱が可能であるとされている。したがって、事故時に放射性物質が放出される懸念がほとんどないという。SMRのリスクを考えるとき、「何を守りたいか」を整理して市民に提示することが大切だろう。
日本では、ドイツやアイスランドと同様に、工学プラントの管理にリスク許容基準が採用されていない。しかし、英米の流れを受け、2003年に原子力安全委員会(当時)が、定量的な安全目標を策定した。2013年には、「セシウム137の放出量が \( 100TBq \) を超えるような事故の発生頻度は、100万炉年に1回程度を超えないように抑制されるべきである」という基準を追加した。
次世代の原子炉として、電気出力が30万kW程度以下の小型原子炉(SMR)の研究開発が進められている。SMRは一基当たりの原子炉の熱出力が小さいため、一基当たりの崩壊熱が小さく、福島第一原発事故のようにポンプなどを使用する冷却機能を喪失しても、自然現象を利用した放熱が可能であるとされている。したがって、事故時に放射性物質が放出される懸念がほとんどないという。SMRのリスクを考えるとき、「何を守りたいか」を整理して市民に提示することが大切だろう。

第7章 治水と防潮堤の基準値
近年は夏から秋にかけて、日本全国で激しい豪雨に見舞われることが多くなり、そのたびに「200年に1回の降雨により河川が氾濫」などとニュースで報じられるようになったが、この基準はどうやってできたのか――。第二次世界大戦終了からの10年間に、枕崎台風、カスリーン台風など死者・行方不明者の合計が1000人を超えるような歴史的台風が相次いで上陸したことや、GHQの統制下で公共事業に合理性と経済性が求められたことから、治水が確率主義へ転換する契機になったようだ。
近年は夏から秋にかけて、日本全国で激しい豪雨に見舞われることが多くなり、そのたびに「200年に1回の降雨により河川が氾濫」などとニュースで報じられるようになったが、この基準はどうやってできたのか――。第二次世界大戦終了からの10年間に、枕崎台風、カスリーン台風など死者・行方不明者の合計が1000人を超えるような歴史的台風が相次いで上陸したことや、GHQの統制下で公共事業に合理性と経済性が求められたことから、治水が確率主義へ転換する契機になったようだ。
所得倍増計画のもとに基準値が設定されたが、その終了年である1971年が近づくと基準値が変更された。単に数字が変わっただけでなく、ここまでみてきた算定までの方法論そのものが、あっさりと捨てられた。そして新たな基準値として、重要河川では「100~200年に1回」、その他の河川では「50年に1回」という値が登場する。
2023年7月28日に閣議決定された第3次国土形成計画(全国計画)では、人口減少にともなう財源の縮小と、気候変動による洪水被害の増加を見込み、「全ての土地についてこれまでと同様に労力や費用を投下し管理することは困難」と明記している。
東日本大震災後に設けられた計画堤防高が、9.9メートルから8.1メートルへと引き下げられた地域もある。
こうした基準値の変更は、多様な住民が参加するイベントを繰り返し、合意形成をはかるようなやり方を採用することが望ましいが、実際には、防潮堤が低いことを望む観光業関係住民と、安心して暮らしたい住民との間では利害が対立し、参加型の手法は諸刃の剣となる。そこで、「科学的に決まりました」と言ってもらったほうが「角が立たない」のでありがたい、という面があったりする。
2023年7月28日に閣議決定された第3次国土形成計画(全国計画)では、人口減少にともなう財源の縮小と、気候変動による洪水被害の増加を見込み、「全ての土地についてこれまでと同様に労力や費用を投下し管理することは困難」と明記している。
東日本大震災後に設けられた計画堤防高が、9.9メートルから8.1メートルへと引き下げられた地域もある。
こうした基準値の変更は、多様な住民が参加するイベントを繰り返し、合意形成をはかるようなやり方を採用することが望ましいが、実際には、防潮堤が低いことを望む観光業関係住民と、安心して暮らしたい住民との間では利害が対立し、参加型の手法は諸刃の剣となる。そこで、「科学的に決まりました」と言ってもらったほうが「角が立たない」のでありがたい、という面があったりする。

次にPSA検査だが、1000人が受診すると、1人が死亡を回避でき、3人が転移を回避できるメリットがあるが、勃起不全が50名、15名が尿失禁といったデメリットを受ける。甲状腺がんは他のがんとは特徴がかなり異なり、生存率が高い。したがって、検査のメリットの中にがん検診による死亡率低減がない。
現在、福島県では、検討委員会がまとめた甲状腺検査のメリットとデメリットについて、対象者に説明しながら進められているが、2023年8月の調査では、メリットとデメリットを知っていると答えたのは対象者の4割弱にとどまったという。
本書は、あらゆる人がさまざまな検査のメリットとデメリットをきちんと理解しなければならない社会をめざすというのは、その構成員にとっては酷な気もすると断った上で、任意型検診でメリットやデメリットに関する情報を提供してもらえなかったとしたら、「それは基準の運用の考え方からかけ離れている」と指摘する。
現在、福島県では、検討委員会がまとめた甲状腺検査のメリットとデメリットについて、対象者に説明しながら進められているが、2023年8月の調査では、メリットとデメリットを知っていると答えたのは対象者の4割弱にとどまったという。
本書は、あらゆる人がさまざまな検査のメリットとデメリットをきちんと理解しなければならない社会をめざすというのは、その構成員にとっては酷な気もすると断った上で、任意型検診でメリットやデメリットに関する情報を提供してもらえなかったとしたら、「それは基準の運用の考え方からかけ離れている」と指摘する。

PFASの構造式
第9章 PFASの基準値
2020年の時点では、水道水の PFAS に関する基準値は、世界各国のなかで日本が最も厳しかったのだが、その後、欧米でさらに厳しい基準値が設定された。ここで注意すべきは、生体へ悪影響があるのは一部のPFASモノマーだけであるということだ。
2020年の時点では、水道水の PFAS に関する基準値は、世界各国のなかで日本が最も厳しかったのだが、その後、欧米でさらに厳しい基準値が設定された。ここで注意すべきは、生体へ悪影響があるのは一部のPFASモノマーだけであるということだ。
ヨーロッパで発行される予定のREACH規則は、ポリマーを含む全てのPFAS物質が一律で使用禁止にするというもので、これが制定されると、自動車の燃費が悪くなる、バッテリーが非効率になるなど、脱炭素の取り組みまでが後退することになりかねない。
また、血漿・血清中のPFOSやPFOA濃度が高い人が、コレステロール濃度が高いという関係がみられたとしても、それは相関関係にすぎず、必ずしも因果関係があるとはかぎらない。鯨食を文化とする地域の調査結果であるため、他の化学物質の影響があるかもしれない。にもかかわらず、全米アカデミーズは \( 20ng / m\ell \) を採用し、いまではこの値がPFAS血中濃度の基準値として参照されている。PFOS、PFOAのいずれにおいても最も低い濃度で生じる健康影響は抗ジフテリア抗体価が減少することだ。だが、現在は死亡事例がほとんどない抗ジフテリア抗体価を使うことの妥当性は不明のままだ。
本書は「そもそもPFOSやPFOAの曝露量が減少してきたいま、どこまで規制が必要なのか、食品や水道水も含めて総合的に考えることが大切ではないだろうか。私たちが求めているのは、よりよい環境であり、より健康的であることだ。『より厳しい』という名目を求めているわけではないはずである」と指摘する。
また、血漿・血清中のPFOSやPFOA濃度が高い人が、コレステロール濃度が高いという関係がみられたとしても、それは相関関係にすぎず、必ずしも因果関係があるとはかぎらない。鯨食を文化とする地域の調査結果であるため、他の化学物質の影響があるかもしれない。にもかかわらず、全米アカデミーズは \( 20ng / m\ell \) を採用し、いまではこの値がPFAS血中濃度の基準値として参照されている。PFOS、PFOAのいずれにおいても最も低い濃度で生じる健康影響は抗ジフテリア抗体価が減少することだ。だが、現在は死亡事例がほとんどない抗ジフテリア抗体価を使うことの妥当性は不明のままだ。
本書は「そもそもPFOSやPFOAの曝露量が減少してきたいま、どこまで規制が必要なのか、食品や水道水も含めて総合的に考えることが大切ではないだろうか。私たちが求めているのは、よりよい環境であり、より健康的であることだ。『より厳しい』という名目を求めているわけではないはずである」と指摘する。

また、もう一つの利点として昆虫には、高品質で消化性の高いタンパク質や不飽和脂肪酸、ビタミン、ミネラルなどが大量に含まれていることも指摘されている。培養肉は、動物を殺さずに得られる肉であるから、宗教上の理由から肉は特定の方法で屠畜したもののみを食べるという人々にとって福音になるかもしれない。
本書は、「多くの人が腹落ちし、(ちょっぴりの)不便さを許容することへの合意ができていれば、『そういうものだ』としてしまうことは、ルールづくりの方法の一つとして「あり」だと思われる。意外にもこれが、基準値の根本にも通じているのではないだろうか」と述べている。
本書は、「多くの人が腹落ちし、(ちょっぴりの)不便さを許容することへの合意ができていれば、『そういうものだ』としてしまうことは、ルールづくりの方法の一つとして「あり」だと思われる。意外にもこれが、基準値の根本にも通じているのではないだろうか」と述べている。

第11章 AIと個人情報の基準値
まず、本書は「第三者にどんな基準をつくってもらったところで、『炎上』は防げない」ことを指摘する。2019年8月のリクナビ事件は、法的にクリアできても、「技術的にできること」と「社会的にやってよいこと」には差異があることを明らかにした。
AIになんらかのデータを入力して、予測・認識・分類をさせ、出力されるまでのプロセスの中で、倫理的・法的・社会的な課題(Ethical, Legal and Social Issues:ELSI)が生じやすい部分が、パーソナルデータを取得する場面、アルゴリズムの妥当性、得られた出力結果がどのような使われ方をするか、の3ヵ所あるという。
まず、本書は「第三者にどんな基準をつくってもらったところで、『炎上』は防げない」ことを指摘する。2019年8月のリクナビ事件は、法的にクリアできても、「技術的にできること」と「社会的にやってよいこと」には差異があることを明らかにした。
AIになんらかのデータを入力して、予測・認識・分類をさせ、出力されるまでのプロセスの中で、倫理的・法的・社会的な課題(Ethical, Legal and Social Issues:ELSI)が生じやすい部分が、パーソナルデータを取得する場面、アルゴリズムの妥当性、得られた出力結果がどのような使われ方をするか、の3ヵ所あるという。
同意についてはもっと根源的な課題がある。それは結果として、何かあった場合の責任を利用者に押し付けていることになっていることだ。
2024年5月に成立した欧州AI規制法では、リスクにもとづくアプローチが採用され、「技術的にできること」と「社会的にやってよいこと」の線引きを、みずからが線引きして規制当局の承認を得るという実体的ルールになった。AIのように技術発展のスピードが速い領域では、誰かに基準をつくってもらうのを待つのは得策ではないからだ。
2024年5月に成立した欧州AI規制法では、リスクにもとづくアプローチが採用され、「技術的にできること」と「社会的にやってよいこと」の線引きを、みずからが線引きして規制当局の承認を得るという実体的ルールになった。AIのように技術発展のスピードが速い領域では、誰かに基準をつくってもらうのを待つのは得策ではないからだ。
レビュー

それぞれの分野の専門家が分担執筆しているためだろう。引用情報や基準成立までの歴史的過程、その社会的影響までが網羅されており、とても密度の高い内容になっている。各章末のコラムも、また面白い。
冒頭で「基準値によくある4つの特徴」がリストアップされているが、「第10章 新しい「食」の基準値」で、「多くの人が腹落ちし、(ちょっぴりの)不便さを許容することへの合意ができていれば、『そういうものだ』としてしまうことは、ルールづくりの方法の一つとして『あり』だと思われる」と併せて読むと、基準値は一種の「宗教」ではないかと感じた。
冒頭で「基準値によくある4つの特徴」がリストアップされているが、「第10章 新しい「食」の基準値」で、「多くの人が腹落ちし、(ちょっぴりの)不便さを許容することへの合意ができていれば、『そういうものだ』としてしまうことは、ルールづくりの方法の一つとして『あり』だと思われる」と併せて読むと、基準値は一種の「宗教」ではないかと感じた。

マハビールスワミジェイン寺院(神戸市)
ちょうどこの章では、培養肉とハラールや、不殺生(アヒンサー)を教義とするジャイナ教について触れている。
「第11章 AIと個人情報の基準値」で取り上げた欧州AI規制法は、みずからが基準値を作成して規制当局の承認を得るという実体的ルールになったとある。これからの基準値は、民主主義的なプロセスを経て決まっていくのかもしれない。そんな予感がした。
「第11章 AIと個人情報の基準値」で取り上げた欧州AI規制法は、みずからが基準値を作成して規制当局の承認を得るという実体的ルールになったとある。これからの基準値は、民主主義的なプロセスを経て決まっていくのかもしれない。そんな予感がした。
(2025年7月4日 読了)
参考サイト
- 世界は基準値でできている:講談社
- Takashi Nagai@shimana7:Twitter(現・X)
- PFASとは:ぱふぅ家のホームページ
- PHPで相関係数と回帰直線を表示:ぱふぅ家のホームページ
- 『データサイエンス入門』(竹村 彰通,2018年04月)
- 『科学という考え方』(酒井邦嘉,2016年05月)
- 『もうダマされないための「科学」講義』(菊池誠,松永和紀,伊勢田哲治,平川秀幸,片瀬久美子,飯田泰之, 2011年09月)
(この項おわり)