立石寺で千の石段を登って煩悩を払う

2016年10月15日・2018年3月15日 撮影
奥之院と大仏殿 - 立石寺
2016 年 10 月 15 日 撮影
宝珠山 立石寺 (りっしゃくじ) (山形県山形市大字山寺 4456-1)は、山寺の名で知られる天台宗の寺院で、1070 段に及ぶ石段を一段一段登ることで欲望や汚れを浄化させることができるとされている。

写真は、石段の終点にある奥之院と大仏殿で、標高は 417 メートル。登山道入口の標高は 220 メートルである。大人の足であれば片道30 分あれば登れるが、江戸時代にこの地を訪れた松尾場所に倣い、ゆっくりと景色を眺めるのが風流というもの。往復 2 時間半は欲しいところ。
奥之院と大仏殿 - 立石寺の大きな写真大きな写真
(1707×2560 ピクセル, 1774 Kbyte)
奥之院と大仏殿 - 立石寺
2018 年 3 月 15 日 撮影
2018 年(平成 30 年)3 月 15 日に再び訪れたが、雪が積もっており、奥之院は閉まっていた。
奥之院の前にある巨大な金灯籠に雪が降り積もらないよう、屋根が設置されている。
奥之院と大仏殿 - 立石寺の大きな写真大きな写真
(2560×1707 ピクセル, 2530 Kbyte)
立石寺
2016 年 10 月 15 日 撮影
麓から山寺を見上げたところ。結構な急斜面であることが分かる。
立石寺の大きな写真大きな写真
(2560×1632 ピクセル, 1507 Kbyte)
日枝神社登山口 - 立石寺
2016 年 10 月 15 日 撮影
登山口は 2 カ所あり、こちらは日枝神社の登山口。

ここから根本中堂まで 80 段の階段がある。
山寺登山口 - 立石寺
2018 年 3 月 15 日 撮影
こちらは山寺登山口。根本中堂へ直結する。

根本中堂

根本中堂 - 立石寺
2016 年 10 月 15 日 撮影
立石寺の本堂に当たる根本中堂 (こんぽんちゅうどう) は、1356 年(正平 10 年)に再建されたもので、入母屋造・五間四面の建物で、ブナ材の建築物では日本最古とされている。
1908 年(明治 41 年)、重要文化財に指定された。
根本中堂 - 立石寺の大きな写真大きな写真
(2560×1660 ピクセル, 2178 Kbyte)
根本中堂 - 立石寺
2018 年 3 月 15 日 撮影
本尊として、慈覚大師作と伝えられる木造薬師如来坐像を祀っており、脇侍として日光・月光両菩薩と十二支天、その左右に文殊菩薩と毘沙門天を拝することができる。
根本中堂 - 立石寺の大きな写真大きな写真
(2560×1700 ピクセル, 2516 Kbyte)
根本中堂には、比叡山延暦寺より分けられた不滅の法灯を、建立当時以来千百数十年の間一度も消えることなく護っている。
織田信長により延暦寺が焼き討ちされた際、延暦寺の不滅の法灯が分灯され、1543 年(天文 12 年)、再建した延暦寺に戻された。

日枝神社

日枝神社 - 立石寺
2018 年 3 月 15 日 撮影
開山の際、鎮守社として延暦寺の守護神である日吉大社の分霊が勧請されたのが日枝 (ひえ) 神社である。
日枝神社 - 立石寺の大きな写真大きな写真
(2560×1585 ピクセル, 2327 Kbyte)
御神木 - 立石寺
2016 年 10 月 15 日 撮影
写真は日枝神社の御神木で、慈覚大師円仁が手植えしたと伝えられているもの。根元まわりは約 10 メートルあり、高さは 30 メートル。山形市内最大のイチョウとして、1965 年(昭和 40 年)に山形市指定天然記念物に指定された。
御神木 - 立石寺
2018 年 3 月 15 日 撮影
御神木 - 立石寺の大きな写真大きな写真
(2560×1707 ピクセル, 2530 Kbyte)

こけし塚

こけし塚 - 立石寺
2018 年 3 月 15 日 撮影
山形県といえばこけしの生産で有名であるが、こけし塚には、亡くなったこけし工人、その家族、こけしに縁がある人々の遺品が眠っている。毎年 11 月頃に供養祭が行なわれる。

松尾芭蕉と河合曾良

閑さや岩にしみ入る蝉の声 - 立石寺
2016 年 10 月 15 日 撮影
松尾芭蕉が 1689 年(元禄2 年)7 月、立石寺に参詣した際に詠んだ句であり、『奥の細道』に収載されている。

閑さ (しずかさや) や 岩にしみ入る 蝉の声

閑さや岩にしみ入る蝉の声 - 立石寺の大きな写真大きな写真
(1920×1597 ピクセル, 1419 Kbyte)
芭蕉像 - 立石寺
2018 年 3 月 15 日 撮影
句碑と並んで松尾芭蕉の像がある。
曽良 - 立石寺
2018 年 3 月 15 日 撮影
こちらは、随伴した河合曾良 (かわいそら) の像
曾良の『随行日記』には、「山寺や石にしみつく蝉の声」と記載されている。

昭和初期、歌人の斎藤茂吉が、この句に登場するセミはアブラゼミと主張。一方、芭蕉研究家の小宮豊隆はニイニイゼミだと主張し、激しい「蝉論争」が展開された。
実際に山寺に入って調査を行ったところ、芭蕉が山寺を訪れた 7 月中旬(旧暦 5 月下旬)頃に鳴いているのはニイニイゼミで、山寺界隈では、この時期はアブラゼミは鳴かないということがわかった。

山門(登山口)から登山道へ

山門(登山口) - 立石寺
2016 年 10 月 15 日 撮影
句碑を過ぎると、立派な山門があらわれる。
ここで巡拝料を払って、いよいよ千の石段を登っていくことになる。
山門(登山口) - 立石寺の大きな写真大きな写真
(2560×1707 ピクセル, 2951 Kbyte)
登山道 - 立石寺
2016 年 10 月 15 日 撮影
立石寺は、860 年(貞観2 年)、清和天皇の勅命で慈覚大師円仁 (えんにん) が開山したと伝えられている。
鎌倉時代には幕府の保護と統制を受け、関東御祈祷所となり寺は栄えた。
その後、山形城主であった最上家の庇護を受け、寺領1300 国が与えられていた。
江戸時代に入ると、1689 年(元禄2 年)に芭蕉が訪れた。
登山道 - 立石寺の大きな写真大きな写真
(1707×2560 ピクセル, 3303 Kbyte)
登山道 - 立石寺
2018 年 3 月 15 日 撮影
冬場は雪が凍結しており滑りやすい。
登山道 - 立石寺の大きな写真大きな写真
(1707×2560 ピクセル, 3269 Kbyte)
修行者の参道 - 立石寺
2016 年 10 月 15 日 撮影
自然にそって作られた参道は、昔から修行者の道とされており、狭いところでは幅 14 センチほどしかない。
修行者の参道 - 立石寺の大きな写真大きな写真
(1707×2560 ピクセル, 2445 Kbyte)
修行者の参道 - 立石寺
2018 年 3 月 15 日 撮影
ここまで約 430 段。全体のおおよそ半分である。
修行者の参道 - 立石寺の大きな写真大きな写真
(1707×2560 ピクセル, 2771 Kbyte)
修行者の参道 - 立石寺
2018 年 3 月 15 日 撮影
「修行者の参道」の立て札の近くには、芭蕉が「閑さや岩にしみ入る蝉の声」を読んだとされる場所「せみ塚」がある。
修行者の参道 - 立石寺の大きな写真大きな写真
(2560×1707 ピクセル, 3367 Kbyte)
墓石 - 立石寺
2016 年 10 月 15 日 撮影
参道のあちらこちらには、滑車のような車がついた後生車という木柱があり、若くして亡くなった人々を供養している。

仁王門

仁王門 - 立石寺
2018 年 3 月 15 日 撮影
仁王門は、1848 年(弘化 4 年)に再建された、けやき材の立派な門である。
左右に安置された仁王尊像は、運慶の弟子たちの作といわれる。邪心をもつ人は登ってはいけないと睨みつけている。
ここまで約 650 段。あと少しである。
仁王門 - 立石寺の大きな写真大きな写真
(2560×1707 ピクセル, 2496 Kbyte)
仁王門 - 立石寺
2016 年 10 月 15 日 撮影
ここまで約 650 段。あと少しである。

開山堂

開山堂 - 立石寺
2016 年 10 月 15 日 撮影
仁王門を過ぎると、慈覚大師円仁を祀る開山堂が見える。この御堂が建つ崖下に大師の遺骸を安置すると伝えられる入定窟 (にゅうじょうくつ) がある。
御堂には大師の木造の尊像が安置されており、朝夕、食飯と香が絶やさず供えられ護られている。

史実では、円仁は 864 年(貞観6 年)、比叡山で没しており、立石寺に実際に遺骸が移されたという記録は残っていない。

奥之院

奥之院と大仏殿 - 立石寺
2018 年 3 月 15 日 撮影
1070 段で奥之院に到着。お疲れさまでした。
奥之院と大仏殿 - 立石寺
2016 年 10 月 15 日 撮影
奥之院の正式名称は「如法堂」で、慈覚大師が中国で持ち歩いていたとされる釈迦如来と多宝如来の両尊を御本尊とする。
左側の大仏殿には、像高5 メートルの金色の阿弥陀如来が安置されている。
奥之院と大仏殿 - 立石寺の大きな写真大きな写真
(2560×1707 ピクセル, 2637 Kbyte)
奥之院如法堂 - 立石寺
2018 年 3 月 15 日 撮影
この地方では人が死ぬと、その遺骨の一部「歯骨 (はこつ) 」を取っておき、一周忌前に山寺の奥之院へ納骨して供養してもらう風習がある。納骨しない人も、参詣の際に塔婆を納める仕来りである。
奥之院如法堂 - 立石寺の大きな写真大きな写真
(2560×1707 ピクセル, 2175 Kbyte)
金灯籠 - 立石寺
2018 年 3 月 15 日 撮影
巨大な金灯籠は、1895 年(明治 28 年)、名工・小野田才助が鋳造したもので、金刀比羅宮(香川県)、黄金山神社(宮城県)にも小野田による名灯籠が残されている。
石像 - 立石寺
2016 年 10 月 15 日 撮影
昔日の修行僧が彫ったものだろうか、参道には多くの石仏や岩塔婆を見ることができる。
石像 - 立石寺の大きな写真大きな写真
(2560×1707 ピクセル, 3122 Kbyte)

五大堂

五大堂からの景色 - 立石寺
2018 年 3 月 15 日 撮影
奥の院から少し下ったところにある五大堂は、開山 30 年後に建立された大明王を祀る道場で、断崖に突き出すように建っており、山中随一の絶景を望むことができる。
五大堂からの景色 - 立石寺の大きな写真大きな写真
(2560×1656 ピクセル, 1830 Kbyte)
五大堂からの景色 - 立石寺
2016 年 10 月 15 日 撮影
正面にある山が自分と同じ高さにあるかのように見え、まるで空中に浮かんでいるような感覚になる。
五大堂からの景色 - 立石寺の大きな写真大きな写真
(2560×1707 ピクセル, 1092 Kbyte)
五大堂からの景色 - 立石寺
2018 年 3 月 15 日 撮影
下界を見下ろすと、駅や門前町がミニチュア模型のように見える。
五大堂からの景色 - 立石寺の大きな写真大きな写真
(5200×1717 ピクセル, 3232 Kbyte)
五大堂 - 立石寺
2018 年 3 月 15 日 撮影

紅葉

紅葉 - 立石寺
2016 年 10 月 15 日 撮影
立石寺は山形県内有数の紅葉の名所で、見頃は 11 月下旬から 11 月上旬。モミジ、イチョウ、ブナなどが美しく色づく。夜にはライトアップも行われる。

この日は観光ガイドがつき、途中、立ち止まりながら説明を聞き登ったためか、翌日以降に筋肉痛に悩まされることはなかった。

ありがたや 乳酸清めて 立石寺

紅葉 - 立石寺の大きな写真大きな写真
(1707×2560 ピクセル, 2549 Kbyte)

交通アクセス

山寺駅
山寺駅
行き方ナビ
出発地の最寄駅:

目的地:立石寺
【鉄 道】 JR 仙山線「山寺駅」より徒歩 7 分
【自動車】 山形自動車道「山形北 I.C.」より約 10km

近隣の情報

参考サイト

(この項おわり)
header