岡崎城は徳川家康が生まれた場所

2022年1月16日 撮影
岡崎城
岡崎城天守
岡崎城(愛知県岡崎市康生町561-1)は、1452年(宝徳4年)頃に三河国守護代の西郷氏が築城したのが始まりとされ、その後、松平氏が入城。1542年(天文11年)1月31日に、城内で竹千代(のちの徳川家康)が誕生する。
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松平元康像 - 岡崎城
松平元康像
1547年(天文16年)8月、竹千代は数え6歳で今川氏への人質として駿府へ送られた。しかし途中で、母の父・戸田康光の裏切りにより、尾張国の織田信秀へ送られた。このとき、織田信長と知り合ったという伝説が生まれた。
その後、人質交換によって駿府に移され、岡崎城は今川氏から派遣された上代によって支配された。竹千代は1555年(天文24年)に元服し、次郎三郎元信と名乗り、のちに蔵人佐元康と改名した。
1560年(永禄3年)の桶狭間の戦いで今川義元が死去すると、元康は岡崎城を取り戻し、名を家康と改めた。
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徳川家康像 - 岡崎城
徳川家康像
1570年(永禄13年)、家康は本拠を浜松城に移し、嫡男・松平信康が岡崎に入った。しかし、信康は謀反の疑いをかけられて自刃。以後、重臣の石川数正、本多重次らが城代を務めた。
1617年(元和3年)、三重の天守が完成する。以降、譜代大名が歴代の城主を務めた。
1873年(明治6年)に廃城令によって廃城処分となったが、取り壊された岡崎城郭跡地の保存運動が起き、1895年(明治28年)に岡崎公園として整備が始まった。桜の名所となる。
1959年(昭和34年)に鉄筋コンクリート3層5階、高さ28メートルの天守が再建された。
1982年(昭和57年)11月3日、三河武士のやかた家康館が開館。
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交通アクセス

【鉄道】
  • 愛知環状鉄道「中岡崎駅」より徒歩15分
  • 名鉄「東岡崎駅」より徒歩15分
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出発地の最寄駅:

目的地:
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(この項おわり)
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