14系寝台客車は1972年登場のブルートレイン

2010年まで臨時列車として活躍
14系寝台客車
2016年3月21日 九州鉄道記念館 写真:こぱふぅ
14系客車は、1972年(昭和47年)にデビューした寝台客車である。1958年(昭和33年)に登場した20系客車の置き換え用として設計された。20系以降の寝台客車は青い塗装であることから、後にブルートレインと呼ばれるようになる。
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14系寝台客車
客車のサービス電源を床下のディーゼル発電機でまかなう「分散電源方式」を採用した12系をベースに、写真の スハネフ14系11 は床下にディーゼルエンジンを搭載しており、自車両を含む5両に電気を送ることができた。

1972年(昭和47年)、北陸トンネル火災事故が発生し、客室床下にディーゼルエンジンを置いていることが危険視され一時製造が中止されるが、1978年(昭和53年)に難燃化対策を強化して製造再開された。
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14系寝台客車
製造時は3段寝台客車だった。幅は、20系の52cmから70cmに拡大された。パパぱふぅは修学旅行で3段寝台に乗ったことがあるが、落ちたら死ぬのではないかという高さだった。
1982年(昭和57年)に2段に改装され、B寝台として運用されていた。こぱふぅの世代は2段しか知らない。JR九州らしく、派手なモケットを使用している。

2009年(平成21年)3月、「はやぶさ・富士」が廃止されたことで、九州を運転する定期寝台列車は消滅した。ただ、2010年(平成22年)まで臨時列車として活躍していた。
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参考サイト

(この項おわり)
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