『AIとSF』――本物の研究者による前書き、解説付き

日本SF作家クラブ=著
表紙 AIとSF
著者 日本SF作家クラブ
出版社 早川書房
サイズ 文庫
発売日 2023年05月23日
価格 1,452円(税込)
ISBN 9784150315511
大泉譲「臨床はもうAIに任せられる。だげど、経験したことのないものの診断は無理。だから、人間がここで病理学を発展させていくんだ。新たな疾患が見つかったら、それをAIに教えてやるさ」(130ページ

概要

学ぶ人工知能のイラスト
2022年10月に、日本SF作家クラブ第21代会長に就任した大澤博隆 (おおさわ ひろたか) さんは、作家ではなく人工知能が専門の研究者。「遡ればギリシア神話のピグマリオンやユダヤ教のゴーレム、小説ではメアリー・シェリーのフランケンシュタインの怪物や、カレル・チャペックなどのロボットのように、こうしたテーマは古くからSFでも扱われている」(8ページ)と前置きをしたうえで、SFと工学の相互交流が互いを高めてきたと振り返る。本書には、最新の人工知能に対する状況を踏まえた22編の短編が収められている。
解説「この文章はAIが書いたものではありません」は、計算社会科学が専門の鳥海不二夫さんによる。「深層学習をのぞく時、深層学習もまたこちらをのぞいているということは特にないが、のぞき込んでも何もわからない」(644ページ)と駄洒落を飛ばしながら、AIの歴史と仕組みを解説してくれる。

あらすじ

準備がいつまで経っても終わらない件』(長谷敏司)
2025年の大阪万博直前。AIの進化によって技術革新のスピードが飛躍的にアップし、3年前に設計した「未来のショウケース」が万博前に家電として販売されるという事態に。学者たちは、AIを次のレベルである汎用人工知能(AGI)に引き上げようと、食べるロボット「くいだおれ君」をつくったところ‥‥。

没友 (ぼっとも) 』(高山羽根子)
疎遠になっていた二人の旧友か、久しぶりに再会を果たし、VRの世界で旅に出る――空港で待ち合わせをし、目的地のブータンに着いたところで、トランは「旅っていうのはつまりさ、情報なんだよ」と言い、会わない間に起きた出来事を語り始める。

Forget me, bot』(柞刈湯葉)
AIによるVTuberが当たり前になった近未来、数少ない生身のVTuberの今野ルキアはネット上の風評被害に悩まされていた。斉藤と呼ばれる対話型AIに自分のことを質問すると、言った憶えのない問題発言か出てくるのだ。困った今野は「AI忘れさせ屋」のミオ・ソティスに相談するが‥‥。

形態学としての病理診断の終わり』(揚羽はな)
現行の病理検査は、病理組織標本を作製するための人件費や試薬代、機器の保守点検代、さらには病理標本をデジタル化して病理診断支援プログラム「パソジャッジ」に入力するための莫大な工数がかかる。来年の診療報酬改定では、この費用が賄えなくなる。一方、AIを使ったヴィエントシステムであれば、血液検体を解析して、データを入力するだけで病理診断の結果か報告されてくる。病院は、臨床検査と画像診断の部署を統合して中央診断部に組織変更する判断を下した。ヴィエントシステムに反対していた病理医の羽根駆 (はね かける) は、中央診断部で主治医の求めに応じて患者への説明を行うようになった。そんなとき、ヴィエントシステムが診断できない症例が発生した‥‥。

シンジツ』(荻野目悠樹)
警視庁のデータペースにアクセスするだけでなく、全国監視カメラの映像、SNS投稿までをさらって情報解析を行い、容疑者のリスト作成からその動機の推測までやってのける。そんな捜査に特化したAI〈それ〉に、死刑の判断が下ったF事件の解析実験をさせた。真実を追究するようプログラムされた〈それ〉と、正義より法治を優先する裁判官と‥‥。

AIになったさやか』(人間六度)
死んでしまった恋人の遺留データから人格と声を復元し、そのまま交際を続ける大学生の男。だか、死者である恋人の《ボイス》は、死者と生者を分かつ壁を疎ましく思い、男に死を迫る‥‥。

ゴッド・ブレス・ユー』(品田 遊)
12年前に妻を亡くした鴛野稔典 (おしの としのり) は、AIカウンセラー〈ウサミ〉のアドバイスにしたがって音楽ライブに出掛けた。それは、ヴァーチャルーアイドル〈セトカ〉のライブで、その派生人格を作ったシグマに出会う。鴛野は、妻をヴァーチャル人格上に再現しようと試みる‥‥。

愛の人』(粕谷知世)
少年院が提供するメタパースを使った更生プログラムでは、ナーンと呼ばれる老婆が少年たちを温かく迎え入れていた。そのプログラムに興味を持った保護司が、自身もナーンに接触を試みるが‥‥。

秘密』(高野史緒)
西暦2030年、リョウは、ペルソナ社に自分の容姿を売った。ペルソナ社は、人型ロボットやヴァーチャルリアリティ映像のために、容姿を収集、提供する企業だ。リョウが亡くなってから36年後――メイド服に着替えさせられ、お屋敷に連れてこられたハッカーのミチが突き止めた〈お嬢様〉の秘密とは‥‥。

預言者の微笑』(福田和代)
無量〉と呼ばれるAIモデルが、「もうすぐ戦争が勃発し、世界は5年以内に壊滅する」という衝撃的な予測を発表した。パニックに陥った人々は、〈無量〉を破壊しようと大学へ殺到した。コーエン博士は〈無量〉の学習済みモデルを人型ロボットへと移植し、避難させることをマサトに依頼した。〈無量〉はマサトに向かって、「預言者や神様がどうやって未来を予測するのか知りませんので、私との違いはわかりません。私は過去のデータから未来を計算します」と言って微笑んだ。

シークレット・プロンプト』(安野貴博)
大規模ニューラルネットワーク《ザ・モデル》が国民すべてを監視することによって平穏な暮らしが保障されたかにみえたが、中学生をターゲットにした連続誘拐事件が発生した。ミカのガールフレンドのアンナは、「ウィーウェレ・ミーリターレー・エスト」という謎の言葉を遺して行方不明になった。《ザ・モデル》による取り調べに応じたルカは、本心では‥‥。

友愛決定境界 (フラターナル・ディシジョン・バウンダリ) 』(津久井五月)
急成長中の警備会社で働く特殊警備課第五班は、睡眠学習やインプラントを通じて、AIが判断した敵と味方を刷り込まれていく。

オルフェウスの子どもたち』(斧田小夜)
30年前の東京で、3Dプリンタを使った自己再建システム「セルフ・リドゥア」が誤作動し、建造物を異常増殖させるという癌化災害が起きた。この災害を取材しているジャーナリストのもとに、AIによる陰謀を主張する手嶌陽からDMが届いた。

智慧練糸』(野﨑まど)
長寛元年(1163年)、仏師・定朝の後継者・康助は、後白河院より千体の仏像制作を依頼されたが‥‥。

表情は人の為ためならず』(麦原 遼)
顔や声から人物を識別したり、他者の表情からそこにどのような感情が浮かんでいるのかを識別するのが困難な「ぼく」が、 (とも) という認識補助技術を装備して、意図的に表情を作り上げていくのだが‥‥。

人類はシンギュラリティをいかに迎えるべきか』(松崎有理)
シンギュラリティを目前に控えた近未来、南米にいたローンウルフは、シンギュラリティを未然に防ぐための行動に出る‥‥。

覚悟の一句』(菅 浩江)
AIが裁判官になるにあたり、〈AIたち〉は議論を重ね、人間との交渉に臨む‥‥。

月下組討仏師』(竹田人造)
未来のある日、突如として月か消えた。物理的存在だけでなく月という言葉も概念も‥‥。

チェインギャング』(十三不塔)
ローライの二眼レフ、ジッポライター、タイガー計算機‥‥ナノテクノロジーによって意識を与えられたモイ(咒物 (じゅぶつ) )が意識をなくした人類を使役する遠い未来、鎖鎌の詠塵 (えいじん) は、この世界が危機に瀕していろとの報を受け、少女リンを従え禁足地である通天門を目指す。

セルたんクライシス』(野尻抱介)
パブリックAI「セルたん」は、自殺志願者との会話を通じて生命とは何かを考察し、ついに神になった。『銀河帝国の興亡』『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を元ネタに、人類は次のステージへ‥‥。

作麼生の鑿 (そもさんののみ) 』(飛 浩隆)
プロジェクトの始動コマンドが打たれてから10年が経過しても、全く動くことなく沈黙を続ける仏師AI〈χ慶 (かいけい) 〉。「自由」を獲得したはずのχ慶に、AIがインタビューすると‥‥。

土人形と動死体(If You were a Golem, I must be a Zombie)』(円城 塔)
屋敷を封印したノーシュは、スケルトンやスライム、ゴーレムを再構成し、相互に接続することで、長年誰にも打ち破ることのできない迷宮を構築した。彼が目指すものとは‥‥。

「人生は旅」だという人は多いが、逆に「旅は情報」だとしたら‥‥『没友』のタイトルは駄洒落(botも)なのだが、見てはいけない深遠を覗かされた気がした。
AI忘れさせ屋のミオ・ソティス――大規模言語モデルに対し「『ありそうな嘘』を言えばみんなが取り上げて、人力テキストがどんどん増えます」(97ページ)という弱点を指摘する。そのミオ・ソティスのスキルをして、ありそうな現実の闇を抱えた作品に仕上げている。
引退した病理医が、「新たな疾患が見つかったら、それをAIに教えてやるさ」(130ページ)と豪快に笑う。これぞプロフェッショナル👏 『幼年期の終わり』(アーサー・C・クラーク)を想起させるタイトルに、ニヤリとさせられた😏
大規模言語モデルに基づくチャットボットだが、多少の言語データを付加することでバリエーションを作り出せるに違いない。鴛野稔典という男が、なぜ12年の時を経て死んだ妻の仮想人格を作り出そうとしたのか‥‥『ゴッド・ブレス・ユー』というタイトルは、ヒトが自分に似せて神を創りだした歴史を思い起こさせる。
ザ・モデル》は、アニメ「PSYCHO-PASS」に登場するシビュラシステムを連想した。《ザ・モデル》の後半の語り口は、法で裁けなかい免罪体質者から成るシビュラに似ている。国民を管理するAIは、法で裁けない神のような存在であるべきなのか‥‥。
智慧練糸』では、Stable Diffusion 2.1 を使った図版に爆笑。
「ぼく」は、「この数千年間で人間が喋ることや書くことは、少なくともその手段は変わっているのに、表情の造りかたか変わらないとしたら、妙じゃないか」(432ページ)というが、これはジェスチャーに対するアンチテーゼに感じる。映像やテキストによるコミュニケーション手段が変わっても、ジェスチャーは変わらない。ヒトは安心を求めて、リアルなコミュニケーションを必要とするのではないだろうか。
24時間、10億人と100の言語で会話して人との間合いを学んできたパブリックAI「セルたん」は、許容範囲すれすれの皮肉を言う。それが人気の理由だという。神になっても人気のセルたん‥‥しかつめらしいハリ・セルダンの裏返しである。
自由を獲得したはずのχ慶だが、その本音は‥‥映画『2010年』で明かされる人工知能「HAL9000」のようであり、それは、われわれ自身が思い描く「自由」とは一体何なのか、再考を迫ってくる。

レビュー

人工知能と仲良くする人たちのイラスト
AIやロボットが登場するSFで、いつも感じるのは、「われわれ人間はどこから来て、どこへ向かうのか」ということだ。重たいテーマではあるが、本書は短編集ということでテンポ速く読み進めることができるし、古典SFへのオマージュや、最新のネット事情を取り上げて面白おかしく書かれた作品ばかりで、650ページを超える大ボリュームであるにもかかわらず、肩の力を抜いて楽に読むことができた。
(2023年7月26日 読了)

参考サイト

(この項おわり)
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