中央線
201系電車は、103系に代わり1979年(昭和54年)にデビューした直流通勤形電車である。最後の“オレンジ色電車”であり、2010年(平成22年)10月17日に引退し、E233系に代替わりした。
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201系は、ぱふぅ家がいつもお世話になっている中央線の通勤車両であるが、吉祥寺~東京間はほぼ高架。こぱふぅは踏切が珍しいとみえて、何分でも観察を続けている。
朝の通勤時の吉祥寺駅の様子。
先頭車両には、電動幕式の大きな列車種別表示器を備えているのが特徴だ。中央線では、快速以外では種別表示が出ている。
中央線は10両と4+6両編成の2つの形式がある。また、青梅・五日市線は、下の方向幕がない。
先頭車両には、電動幕式の大きな列車種別表示器を備えているのが特徴だ。中央線では、快速以外では種別表示が出ている。
中央線は10両と4+6両編成の2つの形式がある。また、青梅・五日市線は、下の方向幕がない。
東京駅では行き先表示(方向幕)がグルグル回っているうちに出発してしまい、青梅特快「八王子行き」に!? いいのかー。
こぱふぅは「ぐるんぐるんしているよ」と言っている。
こぱふぅは「ぐるんぐるんしているよ」と言っている。
ホリデー快速「おくたま号」
オレンジ色電車の引退
中央線にオレンジ色の電車が登場したのは1957年(昭和32年)12月のこと。
当時国鉄初の新性能電車と呼ばれた鋼鉄製のモハ90形(101系に改番)を塗装した。当時はほとんどの電車が茶色だったので、乗り間違いを防ぐためにオレンジ色にしたという。
鮮やかなオレンジ色は話題になり、当時の東京・丸の内のOLたちは「きんぎょ」と呼んだ。山手線の黄緑、中央・総武線の黄色、京浜東北線の水色と、色とりどりの電車が首都圏のレールを飾るようになった。
オレンジ色の電車は101系、103系、そして201系と3代にわたった。
オレンジ色の車両をむら無く塗装するためには手間がかかる。車体の凹凸を樹脂のパテで埋め、塗料を吹きかけていく。だが、腐食の心配が無く全面塗装が不要なステンレス製のE233系の登場で、塗装専門の担当者も40年前の300人から10人程度まで減ったという。
201系の最後の1編成は2010年(平成22年)10月14日に通常運行を終えた。
10月17日に特別ツアーで豊田駅から松本駅まで運行され、乗客を降ろした後、長野総合車両センターでスクラップ処理されるという。
当時国鉄初の新性能電車と呼ばれた鋼鉄製のモハ90形(101系に改番)を塗装した。当時はほとんどの電車が茶色だったので、乗り間違いを防ぐためにオレンジ色にしたという。
鮮やかなオレンジ色は話題になり、当時の東京・丸の内のOLたちは「きんぎょ」と呼んだ。山手線の黄緑、中央・総武線の黄色、京浜東北線の水色と、色とりどりの電車が首都圏のレールを飾るようになった。
オレンジ色の電車は101系、103系、そして201系と3代にわたった。
オレンジ色の車両をむら無く塗装するためには手間がかかる。車体の凹凸を樹脂のパテで埋め、塗料を吹きかけていく。だが、腐食の心配が無く全面塗装が不要なステンレス製のE233系の登場で、塗装専門の担当者も40年前の300人から10人程度まで減ったという。
201系の最後の1編成は2010年(平成22年)10月14日に通常運行を終えた。
10月17日に特別ツアーで豊田駅から松本駅まで運行され、乗客を降ろした後、長野総合車両センターでスクラップ処理されるという。
参考書籍
(この項おわり)