日本橋は7つの国道の起点

2007年4月28日 撮影
日本橋(東京)
2023年10月7日撮影
日本橋(東京都中央区日本橋1-1先)は、日本橋川にかかる中央通りの橋である。発音は「にほんばし」で、大阪の「にっぽんばし」と区別される。
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日本橋(東京)
2007年4月28日撮影
現在の橋は1911年(明治44年)に架けられた石造の二連アーチ橋で、1603年(慶長8年)の初代から数えて19代目に当たる。1999年(平成11年)には国の重要文化財に指定されている。

日本橋は、徳川家康の全国道路網整備計画に基づいて架けられたものであり、江戸幕府が開かれた翌年の1604年(慶長9年)には五街道の基点とされ、交通の要衝となった。
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日本橋(東京)
2023年10月7日撮影
交通の便がいいことを活かし、1673年(寛文13年)には三井高利 (みつい たかとし) が呉服商「越後屋」を創業する。三越の前身である。

当時の日本橋は木造だったため、江戸時代を通じて、大火のために何度も修復・架け替えがなされた。

明治時代に入ると、日本橋を中心とした地域は日本橋区となり、1889年(明治22年)に東京市に所属した。1911年(明治44年)に現在の日本橋に架け替えられ、越後屋は百貨店・三越として生まれ変わり、1914年(大正3年)9月にはルネサンス様式の本館が竣工した。こうして日本橋界隈は近代的な街並みへ変貌していく。

橋柱の銘板にある「日本橋」の揮毫は、徳川慶喜のものだ。
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日本橋(東京)
2023年10月7日撮影
1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災では日本橋も大きな被害を受けたが、震災後の再開発により、昭和通りや浜町公園ができた。

現在の日本橋は、石造2連アーチ橋で、橋長49メートル、橋幅28メートル、アーチ径間が21メートルのルネッサンス式橋梁で、装飾用材は全て青銅になっている。各柱座に麒麟の像を配置し、和漢洋が混在する不思議なデザインとなっている。
奈良県手向山八幡宮の狛犬やヨーロッパのライオン像などを参考にした獅子の像は、東京市の紋章を手にしている。
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日本橋(東京)
2023年10月7日撮影
橋の中央及び橋台部の4隅に花形ランプ付方錘柱が建っており、台座には麒麟の像がある。日本橋から飛び立つというイメージから翼が付けられ、まるでドラゴンのように見える。
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日本橋(東京)
2023年10月7日撮影
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日本橋(東京)
2023年10月7日撮影
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日本橋(東京)
2023年10月7日撮影


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道路元標

道路元標 - 日本橋(東京)
2007年4月28日撮影
1860年(安政6年)に架けられた日本橋は1872年(明治5年)の大火で燃え落ちた。翌年5月に架け替えられた日本橋は、木造ではあったものの、馬車の通行などを見越して反りのない桁橋になった。1883年(明治16年)には大規模な修繕が行われた。
1902年(明治35年)になると総花崗岩製のアーチ橋に架け替える案が通り、日露戦争を挟んで再設計がなされ、1911年(明治44年)に現在の日本橋が誕生した。2011年(平成23年)は100周年にあたる。
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東京市道路元標 - 日本橋(東京)
2023年10月7日撮影
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東京市道路元標 - 日本橋(東京)
2023年10月7日撮影
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東京市道路元標 - 日本橋(東京)
2007年4月28日撮影
北側(三越側)の橋の袂には東京市道路元標 (とうきょうしどうろげんぴょう) が置かれている。

東京市道路元標の脇には日本国道路元標の複製が置かれている。
現在の道路法では日本国道路元標に関する規定はないが、次の7本の国道の始点は日本橋である。
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東京市道路元標 - 日本橋(東京)
2023年10月7日撮影
  1. 国道1号(終点:大阪市・梅田新道)
  2. 国道4号(終点:青森市)
  3. 国道6号(終点:仙台市)
  4. 国道14号(終点:千葉市)
  5. 国道15号(終点:横浜市)
  6. 国道17号(終点:新潟市)
  7. 国道20号(終点:塩尻市)
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東京市道路元標 - 日本橋(東京)
2023年10月7日撮影
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東京市道路元標 - 日本橋(東京)
2023年10月7日撮影
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東京市道路元標 - 日本橋(東京)
2023年10月7日撮影
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東京市道路元標 - 日本橋(東京)
2023年10月7日撮影
東京市道路元標 - 日本橋(東京)の大きな写真大きな写真
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首都高速

日本橋と首都高速
2007年4月28日撮影
東京オリンピックの際、日本橋の真上に首都高速道路が建設された。
最近、日本橋の上を覆っている首都高速道路を地下へ通し、景観を復活させる構想が立てられた。予算は5,000億円ほどかかるとされているが、東京都の石原慎太郎知事は反対している。
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日本橋(東京)
2023年10月7日撮影
1970年(昭和45年)から毎年夏に、地元企業や町内会の人が参加して橋洗いが行われている。
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日本橋(東京)
2023年10月7日撮影
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日本橋(東京)
2023年10月7日撮影
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日本橋(東京)
2023年10月7日撮影
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日本橋魚河岸跡

乙姫広場 - 日本橋魚河岸跡
2023年10月7日撮影
江戸時代初頭、日本橋から江戸橋にかけて日本橋魚河岸が開設され、江戸近海をはじめ、房州・上総・下総(千葉県)、相州(神奈川県)、遠州・豆州(静岡県)などの海の魚や淡水の魚が集められ、江戸の人々の食生活を支えた。関東大震災後に築地市場へ移転した。
1954年(昭和29年)に日本橋魚市場関係者が記念碑を建て、乙姫広場と呼んでいる。
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交通アクセス

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出発地の最寄駅:

目的地:日本橋(東京)

参考書籍

表紙 技師たちがみた江戸・東京の風景
著者 笠原知子
出版社 学芸出版社(京都)
サイズ 単行本
発売日 2010年04月
価格 1,980円(税込)
ISBN 9784761512705
 
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近隣の情報

1858年の日本橋付近

1858年の日本橋付近
(この項おわり)
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