薩摩今和泉駅~篤姫の故郷

2008年7月30日 撮影
薩摩今和泉駅
薩摩今泉駅 (さつまいまいずみえき) (鹿児島県指宿市岩本 2972番地)は、JR 九州・指宿枕崎線の駅である。タクシーで池田湖へ向かうため、列車の本数が多く池田湖に近い駅を探して、この駅に降りた。
薩摩今和泉関連
薩摩今和泉駅
情けない話だが、タクシーの運転手さんに言われるまで知らなかった――ここが天璋院篤姫 (てんしょういんあつひめ) (1836~1883)の生まれ故郷だったことを。

篤姫は、島津家から江戸幕府 13 代将軍徳川家定の正室として嫁ぎ、江戸末期から明治初期の激動の時代を生きた。家定との間に子はできなかったが、その晩年、田安亀之助(徳川宗家 16 代家達)の養育に注力した。
今和泉島津家墓地-薩摩今和泉駅
篤姫は、薩摩藩主・島津家の一門である今和泉家に生まれた。今和泉家の墓所は、いまもこの地に残る。

14 基の墓があり、時代によって形が異なっている。
島津家関連
島津忠郷の墓-薩摩今和泉駅
初代・島津忠郷 (しまづたださと) の墓。

島津家は、本家に跡取りがない場合に一門(加治木氏、重富氏、垂水氏、和泉氏)から当主を出すという、徳川家のような家柄であった。和泉氏は長らく断絶していたが、江戸中期、島津家 23 代当主であった島津豊継が弟・忠郷に再興させ、今和泉氏と名乗るようになった。

忠郷が 1754 年(宝暦 4 年)に建てた今和泉別邸の石垣や井戸が、今和泉小学校の付近に残っている。
篤姫関連
島津忠剛の墓-薩摩今和泉駅
今和泉家第5 代・忠剛 (ただたけ) (1806~1854)は、篤姫の実父である。

篤姫の幼名は一子(かつこ、おかつ)。鹿児島城下で生まれ、幼少期は今和泉で育った。
18 歳の時、薩摩藩主・島津斉彬の養子となり、篤姫と名乗る。約 3 ヶ月間鹿児島城で過ごした後、徳川家に輿入れした。
その後、篤姫は二度と鹿児島に戻ることはなく、江戸/東京で徳川家と生涯を共にすることになる。死後、寛永寺に家定の墓と並べて埋葬され、明治維新の際に剥奪された官位・従三位に復位する。
島津忠剛の墓-薩摩今和泉駅の大きな写真大きな写真
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交通アクセス

【鉄道】
  • 鹿児島中央駅から JR 指宿枕崎線で約 1 時間。


指宿今和泉散策コース

近隣の情報

(この項おわり)
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