『未踏の蒼穹』――ありえないことなんて、ありえない‥‥

ジェイムズ・P・ホーガン=著
表紙 未踏の蒼穹
著者 ジェイムズ・P・ホーガン/内田 昌之
出版社 東京創元社
サイズ 文庫
発売日 2022年01月08日頃
価格 1,320円(税込)
ISBN 9784488663285
ロリライはそっと言った。「あそこはわたしたちの故郷なの。昔からずっと」(431ページ)(ページ)

あらすじ

ガリレオが撮影した金星
ガリレオが撮影した金星
テラ人(地球人類)は金星に生命が誕生する前に中央アジア戦争を起こし、滅んだ。テラ人とよく似ているものの、重力が電磁気力の派生力であることを知った金星人たちは、地球探査隊を組織し、地球と月の有人探査を行っていた。
月の裏側に、テラ人が持っていたはずのない超技術の遺跡が発見され、電気宇宙推進のカイアル・リーンらは、その遺跡の調査に向かった。彼は、途中に立ち寄った地球で、微生物学者のロリライ・ヒリヴァーと出会い、意気投合する。
ロリライは、獲得した生存に関連する情報を、逆転写酵素がDNAに書き込み、経験を後世に伝えることができるという仮説を立てていた。

観察により生命や宇宙の複雑さを知った金星人は、自分たちも含めたこの現実があるのはなんらかの強大な創造的知性のおかげであり、それが意識や精神性や生命という機能そのものを通じてみずからの存在を伝えているのだと考えていた。その超知性のことを、「存在の設計図」や「ヴィゼック」と呼んでいた。
一方、ヴィゼックの存在を知らず、絶対的真理としての科学を追究したテラ人の考え方に魅せられた〈進歩派〉が、金星人たちの中に増えていた。
言語学者で〈進歩派〉の有力者、ジェニン・ソーガンは、「真実だと人びとを納得させることができれば、自分のイデオロギーの正しさをしめす証拠になる」と語る。そして、ジェニンは、かつて〈進歩派〉だったロリライに再び接近する。

月面探査を続けているカイアルらは、テラ人が「プロヴィデンス」と呼ぶ計画を進めていたことを知る。その計画のアイコンは、金星で幸運と帰郷を意味するカテクの記号とよく似ていた。
プロヴィデンスとはどんな計画だったのか。テラ人は本当に絶滅してしまったのか――。

レビュー

地球
地球
コンピュータ・セールスマンだったが、1977年に一気に書き上げた長編『星を継ぐもの』でデビューしたジェイムズ・P・ホーガンが、2007年に発表した長編SFだ。

帯に「『星を継ぐもの』の興奮再び!」とあるが、トンデモ本の古典「ヴェリコフスキーの彗星」(イマヌエル・ヴェリコフスキー『衝突する宇宙』)のネタを巧みに利用したSFというのが読後感。
ただ、『地球は特別な惑星か?』で、国立天文台研究員の成田憲保さんが取り上げた古在機構のように、太陽系内惑星の軌道は不安定とする仮説がある。だとすると、私たちが学んだ天文学の、科学の基本が揺らぐ――。
著者のホーガンは、この不安を利用し、金星人〈進歩派〉のジェニン・ソーガンをして、「真実だと人びとを納得させることができれば、自分のイデオロギーの正しさをしめす証拠になる」と語らせる。そう。これこそが、世の中に蔓延るトンデモ、オカルト、陰謀論の手口である。

結末は――ホーガンのファンなら予想が付くだろう。安心して最後まで読むことができる。
私は、ロリライの最後の台詞を読んで、アニメ『ふしぎの海のナディア』最終回「星を継ぐ者…」のジャンの台詞を思い出してしまった‥‥本書は、やはり『星を継ぐもの』の再来なのかもしれない。そして思う――いまはトンデモでも、近い将来、科学として実証されることがあるかもしれない――ありえないことなんて、ありえないのだから。
(2022年2月11日 読了)

参考サイト

  • 未踏の蒼穹:東京創元社
  • ジェームズ・P・ホーガン『揺籃の星』:ぱふぅ家のホームページ
  • ジェームズ・P・ホーガン『時間泥棒』:ぱふぅ家のホームページ
  • ジェームズ・P・ホーガン『仮想空間計画』:ぱふぅ家のホームページ
  • ジェームズ・P・ホーガン『火星の遺跡』:ぱふぅ家のホームページ
  • ジェームズ・P・ホーガン『未踏の蒼穹』:ぱふぅ家のホームページ
  • ジェームズ・P・ホーガン『巨人たちの星』シリーズ:ぱふぅ家のホームページ
(この項おわり)
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