大きな写真
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その後、1936年(昭和11年)4月に神田須田町に移転し、中央本線万世橋駅の一部を転用して博物館とした。これが今日の交通博物館である。
関東大震災後に建てられた仮駅舎を転用したため、建物のつくりは実に質素である。裏手から見える階段部分に時代を感じる。
関東大震災後に建てられた仮駅舎を転用したため、建物のつくりは実に質素である。裏手から見える階段部分に時代を感じる。
この画像を投影した大型スクリーンの前で前後左右に歩くと、あわせて画像も動く仕組みも開発している。公開が楽しみだ。
1階から外に出ると、弁慶(辨慶)号(国鉄7100形蒸気機関車)が展示されている。
弁慶号は、北海道に初めて鉄道「官営幌内鉄道」が開業した1880年(明治13年)、札幌~手宮間を走ったアメリカ製の機関車である。前端には牛よけ(カウ・キャッチャー)が、煙突には大型のダイヤモンドスタックが取り付けられ、大型の油灯式前照灯など、西部劇に出てくる蒸気機関車そのものである。
弁慶号は、北海道に初めて鉄道「官営幌内鉄道」が開業した1880年(明治13年)、札幌~手宮間を走ったアメリカ製の機関車である。前端には牛よけ(カウ・キャッチャー)が、煙突には大型のダイヤモンドスタックが取り付けられ、大型の油灯式前照灯など、西部劇に出てくる蒸気機関車そのものである。
交通博物館開設に合わせ、北海道の1号機関車である義経(義經)号を保存しようと準備しようとしていたのだが、当該機関車が「辨慶」であることが判明し、1940年(昭和15年)に復元・保存された。
岡山駅で使われていた実物である。操作は、このような押しボタンスイッチである。実際に操作して表示板を変更できる。
これ以外にも、東海道新幹線や東北新幹線で実際に使われていた列車制御板が展示されているが、いずれもアナログ時代のそれであり、自分たちの年齢を痛感させられる。
これ以外にも、東海道新幹線や東北新幹線で実際に使われていた列車制御板が展示されているが、いずれもアナログ時代のそれであり、自分たちの年齢を痛感させられる。
SLほど古くないにせよ、“夢の超特急”新幹線の技術も、現在から比べれば十分に古臭い。
逆に、その古臭さが子どもの興味をかき立てるのかもしれない。
逆に、その古臭さが子どもの興味をかき立てるのかもしれない。
交通博物館には、1999年(平成11年)から数回訪れている。
いままでなら、夏休みは混雑しても平日は閑散としているような博物館で、いつ閉鎖になってもおかしくないと考えていたのだが、いざ閉館となると寂しいものである。
今日は、万世橋まで入場者の行列ができるほどの混雑ぶりだった。
7年間にわたる交通博物館の映像をまとめてみた。
いままでなら、夏休みは混雑しても平日は閑散としているような博物館で、いつ閉鎖になってもおかしくないと考えていたのだが、いざ閉館となると寂しいものである。
今日は、万世橋まで入場者の行列ができるほどの混雑ぶりだった。
7年間にわたる交通博物館の映像をまとめてみた。
交通アクセス
【鉄道】
- JR秋葉原駅下車、徒歩で3分。
近隣の情報
- 交通博物館の鉄道ジオラマは圧巻:ぱふぅ家のホームページ
- さようなら交通博物館:ぱふぅ家のホームページ
- 万世橋駅遺構:ぱふぅ家のホームページ
- 交通博物館には蒸気機関車が多い:ぱふぅ家のホームページ
- 万世橋は東京初の石造橋:ぱふぅ家のホームページ
- チチブデンキの「おでん缶」:ぱふぅ家のホームページ
- JR御茶ノ水駅は大工事中:ぱふぅ家のホームページ
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(この項おわり)