松山城にリフトで登る

2011年8月24日・2020年1月17日 撮影
松山城
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松山城天守からの眺め
松山城天守からの眺め
松山城
松山城(愛媛県松山市丸之内 1)は、松山平野(道後平野)の中心部にある勝山 (かつやま) の丘陵上に位置する。大天守を含む 21 棟が国の重要文化財に、城郭遺構が国の史跡に指定されている。
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松山城
江戸時代以前からの天守が現存する現存 12 天守のひとつだ。
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松山城
東雲口からロープウェイまたは有料リフトを利用して登ることができる。
松山城
築城し始めたのは、賤ヶ岳 (しずがたけ) の七本槍の一人として有名な加藤嘉明 (かとうよしあき) である。関ヶ原の戦いの功績により伊予の半分の所領を与えられた嘉明は、1602 年(慶長7 年)にあらたな拠点として、松山城の築城に取りかかった。
松山城
まず南北 2 つの急峻な峰に別れていた勝山を切り開き、谷間を埋め、標高132 メートルの平坦部を築き上げて本丸を置いた。続いて西側の山麓部に二の丸、その下に三の丸(現在の堀之内)を築いた。
松山城
二の丸には藩邸を造営し、三の丸を上級家臣の居住地とした。
松山城
松山城の完成は 1627 年(寛永 4 年)ころで、当初は 5 層の天守を持つ壮大な城であったという。
松山城
加藤嘉明は完成直後に伊予を去り、代わりに蒲生忠知 (がもうただとも) が入城した。忠知には跡継ぎがいなかったため、その死後、明治維新まで 15 代にわたって松平氏が松山を治めた。
松山城
櫓門となっている隠門 (かくれもん) は、筒井門に達した敵の側背を襲うための埋門 (うずみもん) となっており、築城当時の面影を残す。国の重要文化財に指定されている。
松山城
その多くは 1784 年(天明 4 年)の落雷による火災以後の嘉永年間(1848~1854 年)に再建したものである。
松山城
松山城
大天守は、黒船来航翌年の 1854 年(嘉永 7 年)に落成した 3 代目の天守で、連立式 3重3階地下 1階構造の層塔型天守である。大天守は高さ 20 メートル、本壇は 8.3 メートルの高さがある。
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松山城
小天守 1階では、松山藩主の久松松平家に伝来した陣羽織や馬具などの武具を中心に、松山城収蔵品のみに企画展が開催されていた。
松山城
大天守 1階では、甲冑を試着して撮影できるサービスを実施していた。
松山城
大天守から松山市内を望む。
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よしあきくん - 松山城
松山城築城 400 年祭に合わせて誕生した、マスコットキャラクターのよしあきくん
松山城の初代城主・加藤嘉明にちなんで名付けられた。

交通アクセス

【鉄道】
  • JR 松山駅から「道後温泉行き」市内電車で約 10 分、「大街道」下車徒歩 5 分
  • 松山市駅から「道後温泉行き」「環状線大街道方面行き」市内電車で約 6 分、「大街道」下車徒歩 5 分
  • 道後温泉から 市内電車で約 10 分、「大街道」下車徒歩 5 分
松山城関連

ぱふぅ家が訪れた現存12天守

  1. 弘前城(青森県)
  2. 丸岡城(福井県)
  3. 姫路城(兵庫県)
  4. 松江城(島根県)
  5. 丸亀城(香川県)
  6. 松山城(愛媛県)
  7. 宇和島城(愛媛県)
  8. 高知城(高知県)

参考サイト

近隣の情報

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(この項おわり)
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