西暦939年 - 承平天慶の乱

揺らぐ貴族政権
平将門
平将門
承平・天慶年間(939年頃)、関東で平将門 (たいらのまさかど) が、瀬戸内海で藤原純友 (ふじわらのすみとも) が、ほぼ同時に反乱を起こす。これを承平天慶の乱 (じょうへいてんぎょうのらん) と呼ぶ。

平将門は桓武平氏の出自で、918年(延喜18年)に後の太政大臣にとなる藤原忠平 (ふじわらのただひら) に仕えるが、官位は低く、滝口の衛士でしかなかった。
藤原忠平
藤原忠平
930年(延長8年)に下総国に帰郷するが、所領をめぐって、伯父の平国香 (たいらのくにか) と衝突する。935年(承平5年)、国香を敗死させた。
この頃、東国の国司は中央の命令を無視して私腹を肥やすものばかりで、民衆は重税と労役にあえいでいた。さらに937年(承平7年)11月には富士山が噴火し、各地は凶作と飢饉に見舞われた。将門は、鉄製の農具を作ったり、原野を開墾するなどして、民衆の生活の安定に努めた。ちょうどこの頃、将門のかつての主君であった藤原忠平が太政大臣になっている。
当時の関東平野の様子
当時の関東平野の様子
当時の関東平野は入江になっており、将門の領地は交易船が立ち寄る場所として活況を呈していた。また、馬の牧場が広がっており、のちの合戦で騎馬軍団を率いて圧倒的な強さを見せる。
8~13世紀の降水量
8~13世紀の降水量
この頃、夏場の降水量が減り始め、不作に悩まされる。
また、税制が変更され、国司は一定額を国庫に納め、残りを自らの財産にすることができるようになった。
939年(天慶2年)夏、国司の税の取り立てに反発し、朝廷の倉を襲って米を民衆に分け与えるなどしていた藤原玄明 (ふじわらのあるあき) が一族郎党とともに平将門を頼ってきた。
将門は玄明をかくまい、その年の11月21日、千の兵を率いて挙兵する。当初は、国司と有力農民の調停を目指していたとみられるが、最新鋭の刀で武装した将門の騎馬軍団はあまりにも強く、意に反して国府を攻め落としてしまう。
菅原道真
菅原道真
調停に失敗した将門は、関東各地の国司を捕らえ、京都へ追い返した。そして12月19日、八幡大菩薩のお告げを受け、平将門は新皇 (しんのう) を名乗った。事実上の関東独立宣言である。このとき、八幡大菩薩 (はちまんだいぼさつ) のお告げを将門に取り次いだのが菅原道真の霊魂だという。
この情報は京都に伝えられ、怨霊として畏れられていた菅原道真の名前が出たことで、朝廷内は混乱した。
藤原純友
藤原純友
同じ頃、追い打ちをかけるように、瀬戸内海で海賊の取り締まりを行っていた藤原純友が反乱を起こした。海賊鎮圧の報奨がなく不満をもった純友は、自らが海賊の首領となり、伊予の国府や大宰府を攻め落としていった。

朝廷の動きは素早かった。940年(天慶3年)1月、平将門を討ち取った者を貴族に取り立てるという太政官符 (だじょうかんふ) を発令した。この動きを知らなかった将門は、田起こしのために兵を帰郷させていた。
将門の首塚
将門の首塚 2011年1月16日撮影
将門によって殺された平国香の嫡男・平貞盛 (たいらのさだもり) と、下野の有力豪族・藤原秀郷 (ふじわらのひでさと) が連合し、将門の本拠地である岩井 (いわい) (現在の千葉県坂東市)に兵を進めた。将門軍は奮闘したが、圧倒的な劣勢の中、2月14日、平将門は戦死する。
築土神社
築土神社 2011年1月16日撮影
藤原秀郷によって京都へ運ばれた将門の首は、京の町で晒され、3日後には笑い声を立てて東国へ飛び去ったという。途中で分裂して落下し、その中でも最も有名なのが、東京・大手町にある平将門の首塚である。
約束通り、平貞盛藤原秀郷は貴族に取り立てられ、これ以降、武士の政治への発言力が強まる。

国王神社

国王神社(茨城県坂東市岩井951)は、平将門の終焉の地と伝えられる場所に建っており、将門を祀っている。

参考サイト

参考書籍

表紙 小説平将門
著者 童門冬二
出版社 集英社
サイズ 文庫
発売日 2002年07月25日頃
価格 1,152円(税込)
ISBN 9784087474626
栄華を誇る摂政関白・藤原忠平に仕えていた平将門は、猟官に明け暮れる生活に嫌気がさし、美しい湖水に囲まれた故郷の東国へ帰って行く。だが、そこには父祖の地を奪おうとする親族たちが待っていた。彼らを相手に苛烈な戦いを展開する将門を支えたものは、中央から独立し、理想の王国を築こうとする燃えるような熱情であった。夢を追い求め、純粋に突き進む風雲児の悲劇の生涯を描く長編。
 
表紙 その時歴史が動いた 第33巻
著者 日本放送協会
出版社 アノニマ・スタジオ
サイズ 全集・双書
発売日 2005年06月
価格 1,760円(税込)
ISBN 9784877583460
栄華と挫折、武士の時代の変革者たち。
 

この時代の世界

825 875 925 975 1025 900 900 900 1000 1000 1000 939 承平天慶の乱 903 940 平将門 893 941 藤原純友 880 949 藤原忠平 915 989 平貞盛 923 952 朱雀天皇 935 紀貫之『土佐日記』 866 945 紀貫之 901 菅原道真、太宰府へ左遷 875 935 平国香 867 931 宇多天皇 885 930 醍醐天皇 895 940 藤原玄明 929 990 藤原兼家 905 『古今和歌集』編纂 921 1005 安倍晴明 979 宋による中国統一 927 976 趙匡胤 921 959 紫栄 922 992 趙普 939 997 太宗 907 唐が滅ぶ 882 954 馮道 877 943 王建→太祖 870 934 アブー・アブドゥッラー 909 ファーティマ朝が成立 962 神聖ローマ帝国のはじまり 912 973 オットー1世 937 964 ヨハネス12世 940 996 ユーグ・カペー Tooltip
(この項おわり)
header