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西郷隆盛(1828~1877)は、同じ鹿児島(薩摩藩)出身の大久保利通*とともに明治維新の中核を担った人物である。
この銅像は 1937(昭和 12)年 5 月 23 日に設置された。銅像本体は 5.76m、台座を含むと 8m にもなる巨大なものである。渋谷の忠犬ハチ公像をつくった安藤照が制作を担当した。
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西郷さんの銅像といえば、東京・上野公園にある犬を連れているものが有名だが、こちらは軍服姿で凛々しい。
西郷さんと大久保利通は同郷の出身とされているが、実際の生地は異なる。互いに島津斉彬の薫陶を受けたとはいえ、大久保は政治家の道を歩み、西郷は自らの主張を曲げることなく武士(もののふ)の道を進んだ。 西郷さんは写真嫌いで、すでに銀板写真が普及していたにもかかわらず、彼の写真が 1 枚も残っていないというのは有名な話である。武士(もののふ)らしい逸話である。 |
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西郷さんは鉄道建設にも反対であった。 欧米技術に対する不信というよりは、それより先に貧しい民衆を救うべきだというのが西郷の意見だったらしい。いかにも民衆を第一義に考える西郷さんらしい主張である。 今日の鉄道建設の有様を見せたら、西郷さんは何と言うだろうか‥‥。 西郷さんの真っ直ぐな主張は政府の不興を買った。陸軍大将にのぼりつめたものの、明治 6(1873)年には下野し鹿児島に戻る。 その後も郷土のために奔走した西郷さんは、50 才を待たずして故郷・鹿児島で自刃する。明治天皇は「西郷を殺せとは言わなかった」と呟き、その死を嘆いたという。 そして、その翌年の東京、大久保利通もまた 40 代で凶刃に倒れた。 |
交通アクセス |
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【鉄道】
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(この項おわり)
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2008年09月04日更新
写真と記事 (C)2008 studio pahoo
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