『宇宙の終わりに何が起こるのか』

ケイティ・マック=著/吉田三知世=訳
表紙 宇宙の終わりに何が起こるのか
著者 ケイティ・マック/吉田 三知世
出版社 講談社
サイズ 単行本
発売日 2021年09月10日頃
価格 1,980円(税込)
ISBN 9784065174791
標準宇宙論模型の問題は、その最も重要な要素――ダークマター、宇宙定数、インフレーション――が、まったく摩訶不思議なままだということである。ダークマターが何なのか、私たちにはわからない。(302ページ)

概要

ビッグバン
宇宙物理学者でサイエンス・コミュニケーターでもあるアメリカ人のケイティ・マックさんが、この宇宙の5つの終焉シナリオを解説する。
やや叙情的な言い回しが多く、ビッグバン宇宙論の基礎的な部分を理解していないと読み進めるのが難しい。
インフレーション宇宙
インフレーション宇宙ダークマター宇宙定数ダークエネルギー)、余剰次元‥‥こうした概念が結びつき、宇宙の終焉シナリオを構築しているだけでなく、現代物理学が次の一歩に踏み出そうとしている、その端緒を知ることができる。
それから、「スター・トレック」「GALACTICA」(「宇宙空母ギャラクティカ」のリブート作品)やカール・セーガンの引用などがちりばめられており、オタク心をくすぐられた。

マックさんが宇宙論を大好きな理由として、独創的に考えることを要求されるながら、まったくの空想でなくデータに基づいた洞察をしなければならないところにあるという。私も同感だ。
私たちはどこから来てどこを行くのか――この命題を宇宙の誕生と終焉に広げることで、われわれの科学は、われわれが何者であるのかを明らかにできると期待したい。

レビュー

宇宙マイクロ波背景放射
本書では、宇宙のビッグバンがあったことが前提である。マックさんは、ビッグバン理論の最大の証拠の一つが、「宇宙の観測結果と、ビッグバンから期待される元素の存在量――ビッグバンの原初の火の玉の温度と密度の推測値に基づいて計算された値――とが、非常によく一致していること」(81ページ)であるとしている。
はじめに特異点があり、宇宙のインフレーションが起こり、微小なゆらぎパターンが宇宙マイクロ波背景放射(CMB)に反映されている。
1つめのシナリオは、宇宙が収縮し潰れて終わる「ビッグクランチ」だ。
ビッグクランチがはじまると、CMBは青方偏移をはじめ、宇宙のいたるところでそのエネルギーと強度が上昇する。恒星表面は発火し、やがて宇宙空間に高温プラズマが満ちあふれ、ふたたびビッグバンへ戻ってゆく。
ところが、1990年代後半、宇宙が加速膨張していることが発見された。かつてアインシュタインが重力場方程式に導入し、撤回した「宇宙項」を再び導入することで、この現象の辻褄合わせはできる。しかし、加速膨張に要するエネルギーは、実際に宇宙を観測して得られる値よりも120桁も大きいという。これを「ダークエネルギー」と総称する。
ダークエネルギーの密度は宇宙の歴史を通して一定であり、膨張とともにエネルギーが創生されていることになる。さらには、ハッブル半径より遠くの天体が大きく見えるという摩訶不思議な現象が予測される。

加速膨張する宇宙がたどる末路が、2つめのシナリオ「熱的死」である。
エントロピーは無限に増大し、その結果、恒星は燃え尽き、永遠の時間の中でブラックホールすら蒸発してしまう。マックさんは、「膨張が加速するにつれて、何も存在しない空っぽの空間が増大し、それによってダークエネルギーも増加して、膨張がいっそう進むという循環を無限に繰り返す」(163ページ)という。
だが、無限の時間の中では、量子力学的に極めて低い確率の現象が起きることがあるのではないか。たとえば、宇宙の一部でビッグバンが起きることはあるのではないか。そして、ダークエネルギーの総量が変化するということは、宇宙の各種定数が変化していくことを意味しないだろうか。熱的死は虚ろへ向かうシナリオではなく、何かダイナミックが現象が起きることを予感させる。

宇宙定数が-1より小さいダークエネルギーはファントムエネルギーと呼ばれ、これが計算可能な有限の時問内に宇宙全体をズタズタに引き裂く可能性が発見された。これが3つめのシナリオ「ビッグリップ」である。ビッグリップが起こりうる最も早い時期は、いまから約2000億年後だという。

現在、超新星を用いた距離測定により、ハッブル定数は約74キロメートル毎秒毎メガパーセクという値が得られている。一方、CMBの高温部と低温部の分布を幾何学的に詳しく調べるという方法によると、ハッブル定数は約67キロメートル毎秒毎メガパーセクである。両者の差は、その観測・計算による誤差よりも大きい。何に起因しているのか現時点では明らかになっていないが、マックさんは、「宇宙そのものの構造の中に“製造時にできた欠陥”」(214ページ)があるのではないかと示唆する。
宇宙全体に広がり他の粒子と相互作用をすることによってそれらに質量を与える「ヒッグス場」が変化すると、ハッブル定数だけでなく、あらゆる物理定数が書き換わってしまう。これが4つめのシナリオ「真空崩壊」である。
ヒッグス場が、よりポテンシャルの低いポジションへ相転移することで真空崩壊が起きる。それは宇宙の一部に泡のような形で湧き、次第に広まってゆく。泡に入ると生命が活動を続けられる保証は無いし、恒星や銀河も崩壊してしまうかもしれない。最新の物理学によれば、有限時間内に真空崩壊が起きる可能性が出てきているが、有限の時間内といっても10の100乗年以上先のことだから安心してほしい。

5つめのシナリオ「ビッグバウンス」は、4つの力のうち重力だけが極端に小さく、万物の理論(TOE)に組み込めないという現状から始まっている。突拍子もない発想だが、この宇宙には3次元(時間を加えると4次元)以外の“余剰”次元があり、そこへ重力が漏れ出ているため、この宇宙で観測できる力が小さくなっているという仮説がある。われわれの宇宙をプレーン、余剰空間のことをバルク(bulk)と呼ぶ。
バルクを挟んで、われわれとは別の宇宙(プレーン)があるかもしれない。プレーン同士が衝突してビッグバンが起きというのが「エキピロテイック宇宙」仮説だ。プレーンが衝突と離散を繰り返すビックバウンスは、宇宙の創造と破壊が何度も繰り返されるサイクリックな宇宙論だ。

マックさんは最後の章で、科学者がなぜ宇宙終焉シナリオを考えるのか、最前線で活躍する宇宙物理学者との会話を交えながら、紹介する。フリーマン・ダイソンロジャー・ペンローズなどの著名な宇宙物理学者の言葉には哲学を感じさせる。
原題の標準宇宙論模型の問題は、その重要構成要素であるダークマター宇宙定数ダークエネルギー)、インフレーションの正体を明らかにしていない。また、100年にわたり、重力がアインシュタインの一般相対性理論以外の何かであるかのようにふるまうという証拠も出てきていない。そして、各種の物理定数が、なぜその値に定まったのかを説明する手段を持たない――こうした課題解決のため、巨大加速器や宇宙望遠鏡を建造し観測データを集める一方、多くの物理学者たちが日々、理論を進歩させている。
(2021年12月11日 読了)

参考サイト

(この項おわり)
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