東西線・葛西駅のガード下にある地下鉄博物館を訪れた。自動券売機のような機械で入場券を買い、改札機を通して入場する
入ってすぐに、丸ノ内線301号車が目に入る。1954年1月20日、帝都高速度交通営団発の路線である丸ノ内線池袋〜御茶ノ水間に登場した真っ赤な300形の第1号車である。子どもの頃、地下鉄といえば300形が思い浮かぶほど印象的な車体であった。
1996年に引退したが、廃車された車両のうち6両は、三越銀座店で展示販売された。1両40万円という破格の値段で、個人で購入したマニアもいたようだ。
また、131両がアルゼンチンに売却され、現在、ブエノスアイレス地下鉄B線で活躍している。
銀座線は、1927年に「東洋唯一の地下鉄道」というキャッチコピーで、浅草〜上野間で営業を開始した日本初の地下鉄である。そこで最初に走ったのが、写真の1000形の第1号車である。
1000形は、戦後に台車が交換され、1975年に廃車になるまで半世紀近くにわたって現場で、また実験用車両として活躍した。この展示用車両は、古い台車を取り寄せて完全復元したものである。すべての地下鉄車両の原点となった1000形に対する関係者のこだわりが感じられる。
当時、地上を走る電車は木造車体が一般的だったが、地下鉄では火災対策が重要課題であり、1000形の場合、車体はおろか、
内張りまで鋼鉄製の全鋼製であった。木造車に慣れた当時の乗客に違和感を感じさせないよう、
内装は鋼板に木目焼き付け印刷を施した。
車内照明も重要な課題だった。1000形では間接照明を採用し、車内灯の光が直接乗客の目に当たらないようにする配慮がなされた。網棚はない。
また、吊革は普段はバネの力で外側に跳ね上がっており、つかまる際手前の方へ引っ張る構造のリコ式が用いられた。鋳造製で重量感がある。これは、1960年代まで営団地下鉄電車の特徴となった。
写真のように内部も再現されているが、現代の車両にはない高級感が漂う。
| 2006年04月20日更新 | ||
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