|
原爆ドームは地上3階(一部5階)で、テレビで見るような威圧感はない。 見るからに崩れ落ちそうな廃墟を、風化や地震から守り、よくもここまで持ちこたえさせたものだと感心する。
|
交通アクセス |
|
|
原爆ドームへのアクセスは、広島市電・原爆ドーム前が便利だ。
20 年ほど前に一度訪れたことがあるのだが、ドーム部分の鉄骨は淡いピンク色で塗り直されており、内部から外壁を支える鉄柱が張り巡らされていた。 |
|
歴史 |
|
|
1945(昭和 20)年 8 月 6 日午前 8 時 15 分、史上初の原子爆弾「リトルボーイ」が広島県産業奨励館の南東約 150 メートル地点の上空約 580 メートルで爆発した。建物は大破、全焼し、館内にいた約 30 人は即死であった。その廃墟は原爆ドームとして、現代に姿をとどめている。 1996 年、原爆ドームは世界遺産に登録された。その際、アメリカや中国から反対があったそうだ。50 年を経過しても、戦勝国は戦勝国である。 |
|
核兵器の威力 |
|
|
歴史的に見て、戦争が外交の最終手段である以上、避けて通ることはできない。人類が感情を超えた“悟り”の境地に達することができない限り、戦争は無くならないだろう。 ゆえに、国民感情に訴えて平和を唱えることは、国民感情に訴えて太平洋戦争を突き進んだ当時と同じ方法論を踏襲しているに過ぎず、そのやり方はナンセンスと言わざるを得ない。 しかし、戦争が外交手段である以上、核兵器の存在もまたナンセンスである。 広島原爆には約 50 キログラムのウラン 235 が搭載されており、このうち核分裂を起こしたのは 1 キログラム程度と推定されている。爆発で放出されたエネルギーは、TNT 火薬換算で15 キロトン(1 万 5 千トン)だ。東京大空襲(1945 年 3 月 10 日)では、TNT 火薬2 キロトン相当の焼夷弾が投下されたと推定されている。その 8 倍近いエネルギーが、東京の 10 分の 1 以下の面積に一気に放出された計算になる。 その結果、爆心地の温度は 3~4 千度に達し、音速を超える爆風を発生させ、その圧力は 1 平方メートルあたり 35 トンに及んだ。木造建築物は自己発火するか爆風で吹き飛ばされた。鉄筋建築であった産業奨励館(原爆ドーム)ですら、爆風がほぼ垂直から襲ってきたことと、窓が多く爆風が吹き抜けたことにより、辛うじて全壊を免れた。 15 キロトンで、この有様である。現代のピンポイント核兵器は 10 キロトン前後の破壊力といわれているから、本当にピンポイント攻撃できるのかどうか怪しい限りである。 さらに、冷戦時代に米ソが競って開発した核兵器は TNT 火薬で 1 メガトンを超える。水爆に至っては60 メガトンに達する。これは広島原爆の 4 千倍の威力であり、第二次世界大戦で使われたすべての火薬の 20 倍に達すると言われている。 こんなエネルギーが一気に解放されたら、全面降伏どころか、敵を殲滅させてしまう。 その国土も荒れ果ててしまうだろう。こんな兵器を使ったが最後、せっかく用意しておいた戦後のシナリオが灰燼に帰してしまうに違いない。戦争終結の手段としては使えないのだ。 こんな強力な兵器は手段として利用することができない。使うことができないのなら、戦争抑止力になるわけがない。つまり、核兵器の存在そのものがナンセンスなのである。 にもかかわらず核兵器を温存し続ける国があることは、ヒトがいかにナンセンスな存在であるかを証明している。 |
|
戦争と平和 |
|
|
さて、小学生向けの国語問題集や、社会人向けの漢字常識問題集を見ると、かならず「戦争」の反対語を問う問題がある――正答は「平和」である。 これはナンセンスな問題だ。戦争は手段であり、平和は状態をあらわす言葉である。ヒトは戦争を始めることもできれば、終わらせることもできる。一方、平和はそういう性質のものではない。戦争が無くても、旱魃・飢饉・自然災害によって平和は乱される。ヒトは平和をコントロールすることができないのだ。 このように性質の違う言葉を反対語として位置づけている出題者の論理的能力に疑問を抱くとともに、これを受け入れてしまっている自分たちの常識について一度、棚卸しておく必要がある。不良在庫は処分しておこう。 |
|
国民保護計画と核兵器 |
|
|
2004 年 9 月に施行された国民保護法に基づく国民保護計画*を作るために広島市が設けた「核兵器攻撃被害想定専門部会」が 2007 年 10 月 31 日にまとめた報告書によると、1 メガトンの水爆が原爆ドーム付近の上空2400 メートルで爆発した場合、死者は 37 万 2000 人、負傷者は 46 万人に上ると推計している。 また、62 年前と同規模の原爆が上空で爆発した場合、直後の死者は 6 万 6000 人、負傷者は 20 万 5000 人。建物の多くが木造から鉄筋コンクリートに変わったため、初期の放射線や熱線は遮られ、倒壊による圧死なども減るとみられる。しかし、放射線被爆者は約 15 万 5000 人、白血病やがんを発症する人も約 1 万 3000 人に達すると推計した。 核被害を具体的に想定したのは全国初で、「核攻撃から市民を守るには核兵器の廃絶しかない」と結論づけている。 |
|
エノラ・ゲイ機長の死 |
|
|
2007 年 11 月 1 日、広島に原爆を投下した B29爆撃機「エノラ・ゲイ*」の機長だったポール・ティベッツ*が、米オハイオ州コロンバスの自宅で、老衰のため死去した。92 歳だった。エノラ・ゲイは、彼の母親エノラ・ゲイ・ティベッツからとったものだ。 アメリカの最も有名なパイロットであり、晩年になっても、「広島、長崎への原爆投下は戦争終結のために必要だった」、「今も全く後悔はない」と語っていた。しかし、原爆投下に批判的な人々の抗議活動を恐れて葬儀や墓石を希望せず、遺灰を海にまいて欲しいと言い残したという。 思うに、祖国の英雄となったポール・ティベッツは、最後まで心の内を明かすことができなかったのではないだろうか。合掌。 |
|
この付近でネットができる宿 |
|
|
|
(この項おわり)
|
|
|
|
|
2007年11月03日更新
写真と記事 (C)2007 studio pahoo
(※)本ページはリンクフリーですが、複製・転載時にはご一報ください。 |