
河内永和駅
河内永和駅(大阪府東大阪市高井田元町1丁目1-5)は、近鉄奈良線の駅で、1936年(昭和11年)8月に人ノ道駅として開業した。1934年(昭和9年)10月に落成したひとのみち教団(現・パーフェクト リバティー教団)の仮本殿への最寄の臨時駅という位置づけだった。
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ところが、1937年(昭和12年)4月に、2代目教主の御木徳近が不敬罪で検挙され、教団は解散を命じられたため、駅も営業を休止。一方、布施市は手狭になった旧布施町役場のかわりに、教団の小学校校舎だった建物を新市役所とし、この周囲に公共施設が集中していく。
そこで、1938年(昭和13年)2月に大軌永和駅と改称して営業再開し、常設駅となった。1941年(昭和16年)3月に参宮急行電鉄との合併により関西急行鉄道の駅となり、河内永和駅へ改称する。

相対式2面2線のホームを持つ高架駅で、改札口は2階、ホームは3階にある。2023年(令和5年)11月7日における1日乗降人員は12,805人。
そこで、1938年(昭和13年)2月に大軌永和駅と改称して営業再開し、常設駅となった。1941年(昭和16年)3月に参宮急行電鉄との合併により関西急行鉄道の駅となり、河内永和駅へ改称する。

相対式2面2線のホームを持つ高架駅で、改札口は2階、ホームは3階にある。2023年(令和5年)11月7日における1日乗降人員は12,805人。

JR河内永和駅

JR河内永和駅
住所は東大阪市であるが、2019年(平成31年)3月のおおさか東線全線開業に伴い大阪市内の駅に編入された。島式1面2線のホームを有する高架駅で、2022年度の1日平均乗車人員は8,862人である。
交通アクセス

参考サイト
- 河内永和駅:近畿日本鉄道
近隣の情報
- 東大阪市役所からの夜景:ぱふぅ家のホームページ
- 大阪城は太閤さんのお城:ぱふぅ家のホームページ
- 和宗総本山四天王寺は世界最古の企業・金剛組が建築:ぱふぅ家のホームページ
- 大阪歴史博物館は難波宮史跡公園の一角:ぱふぅ家のホームページ
- あべのハルカスは関西一の超高層ビル:ぱふぅ家のホームページ
- 通天閣は国の登録有形文化財:ぱふぅ家のホームページ
- 道頓堀でお好み焼きを食べる:ぱふぅ家のホームページ
- 道頓堀のグリコネオン:ぱふぅ家のホームページ
- 我孫子町駅・我孫子前駅:ぱふぅ家のホームページ
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(この項おわり)