築土神社は平将門の首を祀っている

2011年1月16日 撮影
築土神社
承平・天慶の乱 (じょうへい・てんぎょうのらん) を起こして関東を平定した平将門 (たいらのまさかど) であったが、940 年(天慶 3 年)6 月、藤原秀郷らによって討たれ、京都に首がさらされた。これを首桶に納めて密かに持ち去り、武蔵国豊島郡上平河村津久戸(現・千代田区大手町周辺)の観音堂に祀って津久戸明神 (つくどみょうじん) としたのが筑土神社の始まりという。
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築土神社
江戸城築城後の文明 10 年(1478 年)、太田道灌 (おおたどうかん) が社殿を造営した。
元和 2 年(1616 年)の江戸城外堀の拡張にともない、筑土八幡神社隣地(現:新宿区筑土八幡町)へ移転し、「築土明神」と呼ばれるようになる。
1874 年(明治 7 年)、天津彦火邇々杵尊 (あまつひこほのににぎのみこと) を主祭神として「築土神社」に改称する。

1945 年(昭和 20 年)4 月の空襲で全焼したが、戦後、現在地へ移転した。
1994 年(平成 6 年)5 月、老朽化した社殿・社務所の大改築を実施し、地上 8階(地下 1階)建ての「アイレックスビル」となり、社殿もコンクリート壁の現代的なものになった。このとき、相殿 (あいどの) 菅原道真 (すがわらみちざね) を配祀した。
築土神社
明治時代の皇国史観の影響で、平将門は逆賊だと考える風潮もあった。そこで、天照大神 (あまてらすおおみかみ) の孫である天津彦火邇々杵尊を主神として祀り、平将門は相殿神 (あいどののかみ) とされた。
築土神社の狛犬
社殿の正対して左側の狛犬には宝珠が付けられている。
築土神社の狛犬
右側の狛犬には角が付けられている。

これらの狛犬は 1780 年(安永 9 年)元飯田町の氏子により奉納されもので、千代田区内に現存する狛犬の中では最も古いもの。1996 年(平成 8 年)に千代田区有形文化財に指定されている。
この力石は、元飯田町の氏子が奉納したもので、各々に「五十三メ目」(約 198 キロ)、「三拾貫余」(約 112 キロ)と刻まれている。江戸時代、地元の若者たちが力比べに使ったと言われている。
これらは 1989 年(平成元年)に千代田区有形文化財に指定されている。
世継稲荷神社
境内には、本殿より一回り小さい世継稲荷神社 (よつぎいなりじんじゃ) がある。
嘉吉元年(1441 年)、飯田町(現在に九段坂~中坂付近)に創建されたもので、徳川 2 代将軍秀忠が訪れた際にダイダイの木があるのを見て、「代々世を継ぎ栄える宮」と称賛し、世継稲荷と呼ばれるようになった。

江戸中期には社殿も大きくなり、徳川御三卿のひとつ田安家の鎮守神として崇敬された。
文久 2 年(1862 年)には、14 代将軍家茂の正妻 ・和宮 (かずのみや) も子宝を願い参詣したという。
しかし、1945 年(昭和 20 年)3 月の空襲で全焼し、築土神社の再建とともに、その境内に再興された。

交通アクセス

【鉄道】
  • 地下鉄東西線・半蔵門線・都営新宿線「九段下駅」1番出口より徒歩 30秒
行き方ナビ
出発地の最寄駅:

目的地:築土神社

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(この項おわり)
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