姫路城は「暴れん坊将軍」のロケ地

2017年10月13日・2018年12月27日 撮影
大天守 - 姫路城
大天守(2018年12月27日撮影)
姫路城(兵庫県姫路市本町68番地)は、江戸時代以前に建設された天守が残る現存12天守の1つで、城趾の大部分が特別史跡に、大天守を含む8棟の建造物が国宝に、74棟が重要文化財に指定されている。
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大天守 - 姫路城
大天守(2017年10月13日撮影)
1993年(平成5年)にはユネスコ世界遺産(文化遺産)に登録された。白漆喰で塗られた城壁の美しさから白鷺城 (しらさぎじょう) の別名をもつ。
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大天守 - 姫路城
大天守(2017年10月13日撮影)
2009年(平成21年)6月から2015年(平成27年)3月にかけ、平成の修理が行われた。
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大天守 - 姫路城
大天守(2018年12月27日撮影)
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大天守 - 姫路城
大天守(2017年10月13日撮影)
大天守の白漆喰が塗り替えられ、修理完了直後には「白すぎ城」と揶揄されたものだが、この日は曇天のせいもあるのか、それほど白くは感じられなかった。
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内堀 - 姫路城
内堀(2017年10月13日撮影)
1580年(天正8年)、黒田孝高 (くろだ よしたか) (如水、官兵衛)は播磨を平定すると、主人である豊臣秀吉に姫路城を譲って居城とすることを勧めた。これを受け、大改修を行い、3層の天守を備えた近世城郭に改築した。あわせて城の南部に大規模な城下町を整備した。
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姥が石 - 姫路城
姥が石(2017年10月13日撮影)
ところが、姫路城周辺には石垣になるような石を調達できる場所が少なく、工事は難航した。そんな中、城下で餅を売って生活していた貧しい老婆が、お城のためにと自分が使っていた石臼を石垣の材料にしてくれと提供した。秀吉は大変喜び、早速石垣に組み込みました。
写真は、大天守の近く、ほの門の石垣であるが、右中央付近に1つだけ金網で覆われている石がある。これが老婆の提供した石臼で、姥が石 (うばがいし) と呼ばれている。
1581年(天正9年)、秀吉は姫路城で大茶会を催した後、中国攻めへ出向く。

石垣の上の方、白い部分は、その後の修復で積み上げられたものである。
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菱の門 - 姫路城
菱の門(2018年12月27日撮影)
入城口を入った目の前にすぐ現れる荘厳な門が菱の門 (ひしのもん) である。二の丸の入口を固めた櫓門で、両柱の上の冠木に木彫の菱の紋を打っているところからこの名前が付いている。
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菱の門 - 姫路城
菱の門(2017年10月13日撮影)
桃山時代の豪華さを当時の柱、長押、舟肘木を当時のまま残しており、城内で最も大きな門でもある。
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はの門に向かう坂 - 姫路城
はの門に向かう坂(2017年10月13日撮影)
はの門に向かう坂は、テレビ時代劇「暴れん坊将軍」シリーズで江戸城内のシーンとして度々登場することから、将軍坂と呼ばれている。
攻め込まれにくいように、大天守までのルートは入り組んだ坂道になっている。

1600年(慶長5年)、池田輝政 (いけだ てるまさ) 関ヶ原の戦いの戦功により入場する。輝政は1601年(慶長6年)から8年がかりで大改修を行い、広大な城郭を築いた。
1617年(元和3年)、本多忠政が入城した。翌年、千姫 (せんひめ) 本多忠刻 (ほんだただとき) に嫁ぎ、西の丸が整備され、ほぼ現在の姿となった。
はの門に向かう坂 - 姫路城の大きな写真大きな写真
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にノ門 - 姫路城
にノ門(2017年10月13日撮影)
本丸の手前の最後の関門がにノ門で、門は門柱、冠木、大戸からくぐり戸まで一面鉄板で覆われている。頭上は合計3棟の櫓が複雑に折れ重なり合った構造となっており、門を突破しようとする敵兵の頭上に槍を突き立てることができる。
出口も写真のように極端に狭く、攻め手側の一気の侵攻を食い止める構造となっている。
大天守内部 - 姫路城
大天守内部(2017年10月13日撮影)
靴を脱いで大天守に上ることができるが、階段は松江城よりも急である。すべらない靴下を履いてゆくことをおすすめする。
東大柱 - 姫路城
東大柱(2017年10月13日撮影)
大天守は地下1階を含む6階建てで、高さは31.5メートルある。東西方向に2本並んだ高さ24.6メートル、直径95センチ・メートルの心柱が支える。石垣は14.85メートルの高さがある。

1873年(明治6年)の廃城令により、姫路城は競売にかけられ、城下の金物商が落札する。翌年、陸軍の駐屯地となり、多くの建造物が取り壊された。
その後、住民による保存運動が起き、1910年(明治43年)に国費が投じられ、ようやく「明治の大修理」が行われた。
東大柱 - 姫路城の大きな写真大きな写真
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長壁神社 - 姫路城
長壁神社(2017年10月13日撮影)
大天守の最上階には、城の守護神、長壁神社 (おさかべじんじゃ) がある。
姫路城が建てられる前から姫山に祀られていた神社で、1879年(明治12年)、最上階に祀られるようになった。

その加護で、1882年(明治15年)の城内備前門屋敷の火災の際、1945年(昭和20年)7月の大空襲の際に、大天守は炎上を免れた。現在では火災・災害の神様として崇められている。
長壁神社 - 姫路城の大きな写真大きな写真
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大天守最上階からの眺望 - 姫路城
大天守最上階からの眺望(2018年12月27日撮影)
大天守最上階からの眺望。
大天守最上階からの眺望 - 姫路城の大きな写真大きな写真
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大天守最上階からの眺望 - 姫路城
大天守最上階からの眺望(2017年10月13日撮影)
姫路城
(2017年10月13日撮影)
姫路の城下町 - 姫路城
姫路の城下町(2017年10月13日撮影)
西小天守1階には、往時の姫路の城下町を再現したジオラマがある。
鯱 - 姫路城
鯱(2017年10月13日撮影)
姫路城の鯱は1体しか残っていなかったため、昭和の大修理の際に同じ形のものを作成して載せた。このため、2体とも雌の鯱となっている。高さは186cm、総重量は278kgという巨大なものだ。
歴代の鯱が展示されていた。
鯱 - 城見台公園
鯱(2018年12月27日撮影)
姫路城を望む絶好のロケーションにある城見台公園にも、ちょうどお城を挟むように鯱が1対設置されている。光洋製瓦株式会社が製造した。
鯱 - 城見台公園の大きな写真大きな写真
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姫路駅
姫路駅(2018年12月27日撮影)
最寄駅は 姫路駅(兵庫県姫路市駅前町188)。北口の再整備が2015年(平成27年)3月に完了し、姫路城を臨む2階には眺望デッキが用意された。
山陽姫路駅
山陽姫路駅(2018年12月27日撮影)
JRの北口を出てすぐのところに山陽姫路駅がある。
姫路駅
姫路駅(2018年12月27日撮影)
北口前の大通りの先に姫路城がある。
姫路駅の大きな写真大きな写真
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交通アクセス

【鉄道】
  • 姫路駅下車、徒歩10分
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出発地の最寄駅:

目的地:姫路城
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近隣の情報

ぱふぅ家が訪れた現存12天守

  1. 弘前城(青森県)
  2. 丸岡城(福井県)
  3. 姫路城(兵庫県)
  4. 松江城(島根県)
  5. 丸亀城(香川県)
  6. 松山城(愛媛県)
  7. 宇和島城(愛媛県)
  8. 高知城(高知県)

参考サイト

この付近でネットができる宿

(この項おわり)
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