弘前城は現存12天守のひとつ

2018年8月27日 撮影
三の丸追手門 - 弘前城
三の丸東門
弘前城 (ひろさきじょう) (青森県弘前市下白銀町)は、津軽統一を成し遂げた津軽為信 (ためのぶ) によって計画され、2 代藩主・信枚 (のぶひら) が 1611 年(慶長16 年)に完成させた。
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二の丸南門 - 弘前城
二の丸南門
以後、廃藩にいたるまでの 260 年(元年)間、津軽氏の居城として藩政を司った。
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二の丸東門 - 弘前城
二の丸東門
創建当初の規模は、東西600 メートル、南北 1,000 メートル、総面積50 ヘクタールの中に、三重の (ほり) と土塁に囲まれた 6 つの (くるわ) があった。
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天守 - 弘前城
三の丸東門
2015 年(平成 27 年)、本丸石垣の修理のため、天守は本丸の内側へ 70 メートルほど曳屋 (ひきや) されており、やや間の抜けた感じになっている。2021 年には曳き戻される予定。
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弘前城には長らく天守がなかったが、1811 年(文化 8 年)、9 代藩主・寧親 (やすちか) の治世に 3 層(多なさ 14.4 メートル)の天守が築かれ、現在にその姿を伝えている。
1873 年(明治 6 年)、廃城処分となり、本丸御殿や武芸所などが取り壊された。津軽氏は城跡を借り受け整備し、一般公開した。現在は弘前市が所管している。
鶴の松 - 弘前城
鶴の松
天守閣と、 (やぐら) が 3 棟、城門5 棟がほぼ廃城時の原形をとどめており、いずれも重要文化財に指定されている。1952 年(昭和 27 年)、城跡は国の史跡として指定を受けた。天守は現存 12 天守に数えられている。

鶴の形に仕立てられた「鶴の松」は高さ 6 メートル、樹齢300 年(元年)を超える古木だ。向かいの石垣の中心に「亀の石」と呼ばれる大石があり、「鶴の松」と並び称される。
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大枝垂れ - 弘前城
大枝垂れ
二の丸にある大枝垂れ (おおしだれ) は、1914 年(大正 3 年)に植樹されたもので、園内で最大のシダレザクラである。
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1903 年(明治 36 年)以降、園内には桜の植樹が行われ、日本さくら名所 100選に選ばれている。花見の時期は、毎年ゴールデンウィーク頃になる。
下乗橋 - 弘前城
下乗橋
本丸と二の丸の間に架かる橋は下乗橋 (げじょばし) と呼ばれ、ここで藩士は馬から降りるよう定められていた。

交通アクセス

【バス】
  • 弘前駅から弘前市内循環100 円バスに乗り 15 分、市役所前で下車、徒歩約 4 分。
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出発地の最寄駅:

目的地:弘前城
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(この項おわり)
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