華厳の滝は日光周辺で最も有名な滝

2016年8月13日 撮影
華厳の滝
華厳の滝 (けごんのたき) は、四十八滝といわれるくらい滝が多い日光周辺で、最も有名な滝だ。

落差は 97 メートルあり、湯滝 (ゆだき) 竜頭の滝 (りゅうずのたき) と並び、奥日光三名瀑となっている。また、日本三名瀑のひとつにも数えられている。

1931 年(昭和 6 年)、国の名勝「華厳瀑および中宮祠湖(中禅寺湖)湖畔」に指定された。2007 年(平成 19 年)、日本の地質百選「華厳の滝」に選定された。

華厳の滝の名前の由来は、仏教経典の 1 つである華厳経といわれている。
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日光山を開いた勝道 (しょうどう) 上人は、735 年、現在の栃木県真岡市で生まれ、20 歳で出家。栃木県(下野の国)にあったと言われる日本三戒壇の一つ、下野薬師に入門し、華厳・法華経を学んだ。
華厳の滝
766 年(天平神護2 年)、大谷川 (だいやがわ) (中禅寺湖から華厳滝の落ち口までを大尻川 (おおじりがわ) 、流れ落ちてから大谷川となり、その後、鬼怒川 (きぬがわ) となる)の河岸に四本竜寺 (しほんりゅうじ) を建て、日光開山の基礎を築いた。翌767 年(天平神護3 年)、人跡未踏の男体山登頂に挑戦したが、悪天候に阻まれ断念。782 年(天応 2 年)、3 回目の登頂で、みごと山頂を極めた。
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華厳の滝
その後、栃木県都賀郡に華厳という寺を建て、民衆に説法した。807 年(大同 2 年)の干魃の際、江尻滝と呼ばれる場所で雨乞いの祈祷を行ったところ、たちまち雨が降ったという。この江尻滝が華厳の滝であると言われている。

写真は、華厳滝エレベーター(有料)に乗って、100 メートル下った観瀑台 (かんばくだい) から見た華厳の滝である。
華厳滝エレベータは 1930 年(昭和 5 年)に設置されたもので、岩盤の中を約 1 分で下り、観瀑台に到着する。
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華厳の滝 2009年
2009年6月26日 こぱふぅ
華厳の滝
華厳の滝をズームアップしたところ。

昼間の放水量は毎秒0.7 トンあるが、夜になると 0.3 トンまで落とされる。翌朝 6 時になると自動的に 0.7 トンに戻る。
滝の下流には水力発電所があり、夜間のうちに水を貯めておき、電気使用量の多い昼間に放水量を増やすのだという。水量は、滝の上流にある中禅寺ダム管理所でコントロールされている。
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柱状節理 - 華厳の滝
滝の両側には、柱状節理 (ちゅうじょうせつり) の絶壁が連なっている。
柱状節理は、溶岩が冷えて固まるときに体積が小さくなるためにできる規則的な割れ目のことで、マグマが冷やされる面に対して垂直に形成されるため綺麗な柱の形になる。
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華厳の滝
観瀑台で、華厳の滝とは反対側にも滝があるが、名前が付いていない。華厳の滝より間近に見ることができる。
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華厳渓谷 - 華厳の滝
華厳の滝の下流側には、大谷川に沿って華厳渓谷と呼ばれる V 字谷が続いていている。
華厳渓谷は、華厳滝と阿含滝が、男体山の噴出物でできた崩れやすい谷を浸食することによって形成されたといわれている。
かつて渓谷の上流域には遊歩道が設けられており、1950 年代頃まではハイキングコースなっていた。しかし、崩れやすく危険であることから、現在、立ち入りは禁じられている。

渓谷の下流部は第一いろは坂となっている。その先、第一いろは坂と第二いろは坂の分岐・合流点である「馬返」と呼ばれる場所まで続いている。
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交通アクセス

JR ・東武日光駅からバスで約 1 時間。東武バスのフリー券が乗り降り自由で 2 日間利用できて便利だ。

参考サイト

華厳の滝関連

近隣の情報

この付近でネットができる宿

(この項おわり)
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