西暦1219年 - 源実朝の暗殺

源氏の将軍は3代で絶える
源実朝 1219 年 2 月、鎌倉幕府第3 代将軍・源実朝 (みなもとのさねとも) が鶴岡八幡宮で公暁 (くぎょう) によって暗殺される。
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源実朝は、鎌倉幕府を開いた源頼朝 (みなもとのよりとも) の子どもで、兄の源頼家 (みなもとのよりいえ) が 2 代将軍の座を追われると、12 歳で征夷大将軍に就く。官位の昇進は早く、1218 年、武士として初めて右大臣に任ぜられた。
歌人としても知られ、92首が勅撰和歌集に入集し、小倉百人一首にも選ばれている。家集として金槐和歌集がある。
ところが、その翌1219 年 1 月、鶴岡八幡宮参詣の際、頼家の子どもの公暁に襲われ落命する。公暁はその場から逃げたものの、間もなく討ち取られる。
実朝には子どもがいなかったため、源氏の将軍はここで絶えることになる。
YEAR
1120
1145
1170
1195
1220
1245
1270
1295
 
1219
1291
 
1192
源実朝
1219
 
1200
公暁
1219
 
1192
 
 
1147
源頼朝
1199
 
1182
源頼家
1204
 
1133
北条時政
1215
 
1157
北条政子
1225
 
1183
北条泰時
1242
 
1215
 
 
1206
 
 
1167
チンギス・ハン
1227
(この項おわり)
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