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1185 年(元暦 2 年)、平知盛が指揮を執る平氏の水軍500艘と、摂津国の渡辺水軍、伊予国の河野水軍、紀伊国の熊野水軍などを味方につけた源義経が指揮する 840艘が、壇ノ浦(現在の山口県下関市)で衝突した。
当初は海戦慣れしている平氏が優勢だったが、昼頃に潮目が変わり、平氏の船と源氏の船がいたるところで衝突し、白兵戦となった。 平氏の敗戦が色濃くなってくると、二位尼(平清盛の妻で安徳天皇の祖母)は、まだ 8 歳の安徳天皇を抱き三種の神器を身につけて入水した。 |
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源氏は、後白河法王とはかって京都に後鳥羽天皇を立てており、これを正統にするために三種の神器の捜索を行った。しかし、勾玉と鏡は見つかったものの、草薙剣は発見できなかったと言われている。
戦いは終わり、義経は建礼門院(安徳天皇の母で清盛の娘)や捕虜を連れて京へ凱旋した。 後白河法皇はこれを賞して義経とその配下の御家人たちを任官させた。ところが、これを知った源頼朝は激怒し、義経の鎌倉入りを拒絶した。 この後、頼朝と義経の対立は激化し、1189 年、義経は奥州藤原氏とともに滅ぶことになる。 |
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壇ノ浦付近の地図 |
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【自動車】
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この付近でネットができる宿 |
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(この項おわり)
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2009年09月07日 作成
2009年09月07日 更新
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