鋸山の日本寺には国内最大の大仏

2020年2月25日 撮影
地獄のぞき - 鋸山日本寺
地獄のぞき
日本寺(千葉県安房郡鋸南町元名184)は、鋸山 (のこぎりやま) に広がる曹洞宗の寺院である。山号は乾坤山 (けんこんざん) 

山体は凝灰岩から成り、江戸時代から良質な建築資材として盛んに採石が行われた結果、鋸の歯のように削られていったことから鋸山の名が付いた。

標高329メートルの山頂展望台は地獄のぞきと呼ばれ、絶壁の上に突き出した岩盤上から約100メートル下をのぞきこむことができる。スリル満点だ。
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地獄のぞき - 鋸山日本寺
地獄のぞき
地獄のぞきから、東京湾や房総半島、富士山を見渡すことができる。
元旦の朝5時から開門しており、ご来光を拝むことができる。
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地獄のぞき - 鋸山日本寺
地獄のぞき
鋸山には、小林一茶や夏目漱石、正岡子規など、多くの文人が訪れ、多くの詩歌が残されている。
ロープウェイを使わずに、拝観料を払って日本寺の参道から頂上へ向かう。
地獄のぞき - 鋸山日本寺
地獄のぞき
日本寺は、聖武天皇の勅願により、行基によって725年(神亀2年)に開山されたとされている。関東最古の勅願所だ。鋸山の南斜面10万坪余りを境内としている。

参道は、このような石切場の跡が続く。
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百尺観音 - 鋸山日本寺
百尺観音
山頂エリアには、世界戦争戦死病没殉難者供養と交通犠牲者供養のために発願され、かつての石切場跡に1960年(昭和35年)から6年がかりで刻まれた百尺観音がある。その名の通り、高さ約30メートルに及ぶ巨大な磨崖仏である。

鋸山の中腹には東海千五百羅漢と呼ばれる江戸時代後期に奉納された石仏群が並ぶ。
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西国観音 - 鋸山日本寺
西国観音
上総桜井(現在の木更津市)の名工、大野甚五郎英令 (おおのじんごろうひでのり) が1779年(安永8年)から21年かけて、門弟27人とともに生涯をかけて刻んだ石仏で、風食によってできた洞窟に安置されている。
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日本寺大仏 - 鋸山日本寺
日本寺大仏
日本寺大仏のモデルとなっている薬師瑠璃光如来 (やくしるりこうにょらい) は世界平和、万世太平を祈願し、1738年(元文3年)、のちに東海千五百羅漢を刻むことになる大野甚五郎英令と27人の門徒が、岩山を3年かけて彫刻したものが原型となっている。
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日本寺大仏 - 鋸山日本寺
日本寺大仏
高さは31メートルあり、奈良の大仏の18メートル、鎌倉の大仏の13メートルよりはるかに大きく、座像としては日本一の大きさとされている。1966年(昭和41年)から4年をかけて修復された。
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お願い地蔵尊 - 鋸山日本寺
お願い地蔵尊
大仏ひろばに安置されたお願い地蔵尊は、さまざまな願いが込められた小さなお地蔵様にとり囲まれている。ここに奉納すると願いが成就すると言われている。
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交通アクセス

【鉄道】
  • JR内房線「保田駅」より徒歩30分
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出発地の最寄駅:

目的地:日本寺
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参考サイト

近隣の情報

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(この項おわり)
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