金属活字による活版印刷で作られたグーテンベルク聖書
現在のドイツのマインツで、1454~1455年(享徳4年)頃、ヨハネス・グーテンベルクと協力者のヨハン・フストは、金属活字による活版印刷を用いてラテン語聖書を製作した。完成時期は史料によって幅があり、「1455年(享徳4年)2月23日に印刷を始めた」とは断定できない。西ヨーロッパで金属活字を用いて印刷された最初の大規模な書物として知られる。
ヨハネス・グーテンベルク
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本文のほとんどのページが2段組みで1段42行であることから、「グーテンベルク聖書」は「42行聖書」とも呼ばれる。頭文字や見出しの色彩は、印刷後に人の手で加えられた。

ヨハネス・グーテンベルクは金属加工の知識を生かし、均一な活字を繰り返し鋳造する技術、油性インク、圧力をかける印刷機などを組み合わせ、金属活字による活版印刷の実用的なシステムを西ヨーロッパに確立した。印刷術そのもは中国や朝鮮半島でより早く発達しており、グーテンベルクが世界で初めて印刷を発明したわけではない。
ヨハネス・グーテンベルクは金属加工の知識を生かし、均一な活字を繰り返し鋳造する技術、油性インク、圧力をかける印刷機などを組み合わせ、金属活字による活版印刷の実用的なシステムを西ヨーロッパに確立した。印刷術そのもは中国や朝鮮半島でより早く発達しており、グーテンベルクが世界で初めて印刷を発明したわけではない。
印刷部数は推定であるが、紙約150部、羊皮紙約30部の合計約180部と考えられている。現存するのは完本と不完全本を合わせて約49部である。1454~1455年(享徳4年)には、グーテンベルクの工房で教会向けの贖宥状も数千枚印刷され、印刷業が大部数の注文に応じられることを示した。
活版印刷が世界史に与えた影響
当時の印刷機
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写本の時代には、人が長い時間をかけて1冊ずつ書き写していた。活版印刷では、1度組んだ版からほぼ同じ文章を多数複製できる。その結果、本の製作時間と複製コストが下がり、知識をより広い地域と人々に届ける基盤ができた。ただし、識字率や価格による制約は残り、ただちに誰もが本を読めるようになったわけではない。
活版印刷は、古代の文献や新しい研究成果を広く伝え、異なる地域の研究者が同じ版の文章を参照することを容易にした。これはルネサンスや科学革命の加速につながった。1517年(永正14年)からのマルティン・ルターによる宗教改革でも、論争文書や各国語の聖書を素早く広める印刷網が大きな役割を果たした。
印刷と校正の発達
活字の組み間違いがあると、同じ誤植が印刷した多くの部数に複製される。そこで印刷所では、試し刷りを原稿と読み合わせ、間違いを活字の段階で直す校正が重要になった。校正者は試し刷りに修正を示し、活字を組む人が版を開いて組み直した。

初期の印刷所で校正を担った「コレクター」には、ラテン語やギリシャ語に通じた学者もいた。誤字だけでなく、文法、綴り、異なる写本の本文などを検討した。一方で、同じ版の本でも印刷の途中で活字を直すことがあり、すべてが完全に同じとは限らない。また、本文批評や改訂版の考え方は写本時代から存在するため、活版印刷がそれらを初めて生んだという断定は避けるべきである。
初期の印刷所で校正を担った「コレクター」には、ラテン語やギリシャ語に通じた学者もいた。誤字だけでなく、文法、綴り、異なる写本の本文などを検討した。一方で、同じ版の本でも印刷の途中で活字を直すことがあり、すべてが完全に同じとは限らない。また、本文批評や改訂版の考え方は写本時代から存在するため、活版印刷がそれらを初めて生んだという断定は避けるべきである。
参考サイト
- Gutenberg Bible:Library of Congress
- The Gutenberg Bible at the Library of Congress:Library of Congress
- Gutenberg Bible:Gutenberg Museum Mainz
- Gutenberg and Mainz:Gutenberg Museum Mainz
- Printing and Publishing:Encyclopedia.com
- 印刷博物館で科学革命を振り返る:ぱふぅ家のホームページ
- 『活版印刷三日月堂(星たちの栞)』(ほしおさなえ,2016年06月)
この時代の世界
(この項おわり)
