『停滞空間』――未来は予測可能

アイザック・アシモフ=著/伊藤典夫=訳
表紙 停滞空間
著者 アイザック・アシモフ/伊藤典夫
出版社 早川書房
サイズ 文庫
発売日 1979年08月
価格 662円(税込)
ISBN 9784150103576
数霊術師「わたしはコンピュータを使って、可能な未来について研究します」(260ページ)

あらすじ

Nine Tomorrows
プロフェッション――ジョージ・プラトンはコンピュータ・プログラマを目指していた。〈教育の日〉がやって来ると、子どもたちの職業適性が判定され、それぞれ専門の道へ進む。だが、ジョージは「なににもなれない」と判定されてしまう。ジョージはハウスに収用され教育を受けるが、そこから逃げだし、職業人が競い合うオリンピックを見物する。歴史学者ラディスラス・イソジェネスキュと出会い、ハリ・オマニはジョージの本当の能力を明かす。

ナンバー計画――マイロン・オーブはコンピュータを使わずに、〈筆算〉で2桁の掛け算を実演して見せた。これを見たブラント議員は地球連邦大統領に、秘密プロジェクト〈ナンバー計画〉を具申する。地球と植民星との間ではコンピュータによる戦略ゲームに明け暮れる毎日から脱出できると考えたからだ。
ウォーダー将軍は、コンピュータではなく人間を乗せたミサイルの開発を提言する。コンピュータつきの船の3分の1の時間と10分の1の費用とで作れるからだ。オーブは将軍の演説を最後まで聴かず、蛋白質破壊機を使って自死した。
やがて明ける夜――大学院を卒業してから10年、太陽系各地の観測地に散って研究を続けていたエドワード・タリアフェロ、スタンリイ・カウナス、バタースリイ・ライガーが地球に集まった。同窓のロメロ・ヴィリアーズ:red]は、卒業直前に病に倒れ、地球で教職に就いていた。衰えたヴィリアーズは3人を招き、質量転移装置を発明したことを告げる。その夜、ヴィリアーズは何者かに殺されてしまう。犯人は3人のうちの誰かだった――。

ヒルダぬきでマーズポートに――マックスは妻から離れたことを幸いに、マーズポートでフローラを呼び出した。しかし、マックスに緊急の仕事が入る。マーズポートに到着した3人の大実業家の誰かが、変造スペーソラインを密輸しようとしている。マックスは、その犯人を捕まえなくてはならない。宇宙船に乗る前にスペーソラインを打って支離滅裂な会話しかできない3人の誰か1人が嘘をついている。マックスは犯人を見つけ報酬を手にした、そこに、妻ヒルダが到着したのだった。

やさしいハゲタカ――サルのような姿をした宇宙人フルリア人は、月の裏側の基地から15年間、地球の観察を続けていた。他の大型霊長類が住む惑星のように、地球でも核戦争が起き、生物が滅亡する直前に救いの手を差し伸べるためだ。だが、地球ではなかなかな核戦争が起きない。しびれを切らした政務長官は、人間をひとり捕らえて心理分析機にかけることにした。人類の心理を知ったフルリア人は恐怖し、月の裏側の基地を撤収してしまう。

世界のあらゆる悩み――巨大コンピュータ〈マルチヴァク〉は地上の経済を指揮し、科学を援助し、全人類の行動を予測していた。その結果、犯罪件数が減少した。ある日、〈マルチヴァク〉の予測にもとづき、ジョウ・マナーズが拘束された。次男のペン・マナーズは〈マルチヴァク〉に父親を助ける方法をたずねた。〈マルチヴァク:red]〉の解答は――。

ZをSに――核物理学者マーシャル・ゼバチンスキイは、コンピュータを使って未来予測するという数霊術師を訪ねた。数霊術師のアドバイスにしたがい、名前の1文字をZからSに変えたところ、ゼバチンスキイは注目を集め、プリンストン大学物理学科の準教授に選ばれたのだった。はたして数霊術師の正体は――。

最後の質問――初めて最後の質問が訊ねられたのは、2061年5月21日のことだった。巨大コンピュータ〈マルチヴァク〉に、人間が万物をつくり出せるようになるかを訊ねた。〈マルチヴァク〉はデータ不足で解答が出せないと印字した。恒星間航行ができるようになった人類は、より高性能なコンピュータ〈マイクロヴァク〉に同じ質問をした。同じ返答だった。銀河系に生活圏を広げた人類は、〈銀河AC〉に同じ質問をした。同じ返答だった。〈宇宙AC〉や〈汎宇宙AC〉の時代になっても返答は同じだった。そして宇宙の星々も銀河も死に絶え、その10兆年後、〈マン(人類)〉も消失し、ACだけが残った。ACは言った“光あれ”――すると、光があった。

停滞空間(1958年)――ホスキンズ博士が看護婦イディス・フェローズを雇ったのは、〈停滞空間〉に捕らえたネアンデルタール人の子供を育てるためだった。フェローズがティモシイと名付けたその子供は、ホスキンズ博士の息子ジェリイがエイプボーイ(サルの子)と呼んだことに腹を立て――。

レビュー

アイザック・アシモフ
アイザック・アシモフ
冒頭の『プロフェッション』は格差社会を皮肉っている。主人公が「たすけなんかいらない。ぼくは精神薄弱なんかじゃないんだ。精神薄弱は世界中だ」(96ページ)と叫ぶシーンは、現代社会で、自分が弱い立場にあるのは陰謀のせいと主張する人びとに重なる。本作で主人公が救われるのは、それは、これがSFだからだ😎
さて、アイザック・アシモフのタイムトラベル作品は、表題作の『停滞空間』と、長編『永遠の終り』(1955年)の2つだけ(※1)。しんみりとした終わり方に、アメリカの黒人解放運動を重ねることができる。
70年も前のSFなのに、いずれのテーマも現代に通じる――とくに『ナンバー計画』『世界のあらゆる悩み』『ZをSに』『最後の質問』は、陽電子頭脳を持ったロボットではなく、コンピュータをテーマにしている。コンピュータは未来予測できるけれども、それには十分かつ正確なデータが必要になることは、現代のディープラーニングでも変わらない。
こうした未来予測の最終形態が、長編シリーズ「銀河帝国の興亡(ファウンデーション)」に登場する〈心理歴史学〉であろう。だから逆に、アシモフはタイムトラベルものを書かなかったのかもしれない。
心理歴史学〉の創始者ハリ・セルダンの死後50年を経て、惑星ターミナスの時間霊廟に初めてハリ・セルダンの立体映像が登場し、ファウンデーションの進むべき道を照らす‥‥アシモフの死後30年。あと20年したら、もしかすると‥‥。
(2022年5月6日 読了)

(※)アシモフのタイムトラベル作品について

――と書いたところ、通りすがりさんから、2つ以外にも下記の作品があるとのご指摘をいただいた。ここにご紹介する。ありがとうございます🙏
  • 父の彫像』‥‥停滞空間に似てる。原人でなく恐竜を取り寄せた。1959年の短編集『木星買います』に収録。
  • 死せる過去』‥‥永遠の終わりの逆。タイムパトロールの民主化。藤子不二雄Fが「タイムマシンは絶対に」でパクったとも。1957年の短編集『地球は空き地でいっぱい』に収録。
  • 空白!』‥‥タイムマシンを発明し初搭乗で事故。1959年の短編集『木星買います』に収録。
  • 発想の誕生』‥‥タイムマシンを発明し過去の人物に影響。1976年の短編集『聖者の行進』に収録。
  • 変化の風』‥‥学長選でチート。1983年の短編集『変化の風』に収録。
  • 悪魔と密室』‥‥願いの代償に閉じ込められ脱出するには。1957年の短編集『地球は空き地でいっぱい』に収録。
  • 公正な交換?』‥‥精神の交換。1983年の短編集『変化の風』に収録。
  • 再昇華チオチモリンの吸時性』‥‥情報のみ逆行。精神というか意思の強さも。論文パロ。1972年の短編集『母なる地球』に収録。
  • チオチモリン、星へ行く』‥‥上記の続き。小説形式。超光速可能ならタイムトラベルもできるはずの逆。1959年の短編集『木星買います』に収録。

アイザック・アシモフの作品紹介

(この項おわり)
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