『夜明けのロボット』――心理歴史学への序章

アイザック・アシモフ=著

概要

夜明けのロボット
未来の地球では増えすぎた人口を養うため、人々は「シティ」と呼ばれる巨大な鉄とコンクリートで覆われた都市の中に集合住宅を築き、食料とエネルギーを効率的に使うことで生き延びていた。一方、シティが完成する前に宇宙移民した人類は宇宙人と呼ばれ、人口では地球にはるか及ばないものの、ロボットを利用し、非常に高い科学技術文明を築いていた。

はだかの太陽』から2年後、ニューヨーク市警の私服刑事イライジャ・ベイリと息子のベントリイらのグループは、シティの外で耕作活動をするようになっていた。
そんなイライジャの元に、ロボット・ジャンダー・パネルが破壊され、親地球派のロボット工学者ハン・ファストルフ博士が失脚の危機にあるというニュースがもたらされた。ベイリは再び宇宙船に乗り、宇宙人の植民惑星の中でも最強を誇り、クジラ座タウ星を回るオーロラへ向かう。宇宙船の中で、ベイリは、これまでの難事件捜査のパートナーとなったロボット・ダニール・オリヴォー、そして旧式のロボット・ジスカルド・レベントロフに出会う。
表紙 夜明けのロボット(上)
著者 アイザック・アシモフ/小尾芙佐
出版社 早川書房
サイズ 文庫
発売日 1994年06月
価格 814円(税込)
ISBN 9784150110635
R・ダニール・オリヴォー「人間も、動物も、植物もみんな生き物ですよ、パートナー・イライジャ」(67ページ)

あらすじ

オーロラに到着したベイリは、早速、ファストルフ博士と会う。博士は、スーザン・キャルビンの昔話を引き合いにだすが、この話そのものが、アシモフの『われはロボット』の短編「うそつき!」を指している。また、映画化もされた『バイセンテニアル・マン』も引用される。
そして、博士は未来を確実に予測できる「心理歴史学とでも呼ぶような数理科学を確立したいと夢みることがある」と語る。また、ダニールやジャンダー・パネルといった、人間そっくりのロボットを開発したのは、「人間形態化(ヒューマンフォーミティ)を通して、さっき話した心理歴史学へ少なくとも小さな一歩を踏みだせるのではないかと思っている」からだという。心理歴史学は、アシモフの『銀河帝国』シリーズの重要なアイテムだ。
これらの作品を読まなくても本作は楽しめるのだが、アシモフ・ファンを呻らせる演出であり、本作の重要な伏線となっている。
表紙 夜明けのロボット(下)
著者 アイザック・アシモフ/小尾芙佐
出版社 早川書房
サイズ 文庫
発売日 1994年06月
価格 814円(税込)
ISBN 9784150110642
イライジャ「何十億の人間のことを心配しろ。ダニール――たのむ――」(189ページ)

あらすじ

次にベイリは、ファストルフ博士の娘で、博士と敵対するロボット工学研究所RIAのヴァジリア博士、彼女に気のあるサンティリクス・グレミオニス、ファストルフ博士の弟子でRIA所長のケルドン・アマディロ博士と続けて面談する。
アマディロは、宇宙国家(スペーサー・ワールド)では個人主義の傾向が強まっていることを指摘し、その欠点を補うためにRIAを設立したという。さらに、個人主義には自己愛がつきまとうと批判する。そして、12時間後にベイリがオーロラを退去するように、議会を動かすと通告した。

アマディロに足止めされたベイリ一行は、雷雨に遭遇する。まだ〈そと〉に慣れていないベイリはパニックに陥るが、ダニールのみに危険が迫っていることを告げ、2体のロボットを逃がす。救出されたベイリは、グレディアと夜を過ごした。
翌日、オーロラ政府の議長、アマディロ所長、ファストルフ博士との会談に臨み、ファストルフ博士の名誉と地球の未来は救われた。
だが、ベイリには頭に引っかかることがあった――「彼がまっさきにあそこにやってきた」とは一体何者なのか。

レビュー

はだかの太陽』でも、ソラリアが極端な個人主義に陥っていたことが紹介されたが、オーロラはソラリアと違ってセックス・フリーであるものの、個人主義という点においては似ている。これらの個人主義は、アマディロが言う自己愛を超え、きわめて独善的に描かれている。
ジスカルドは、地球のシティと同じで、オーロラ人もロボットという壁にかこまれて暮しており、それが個人の過大評価に繋がると指摘する。

ベイリはしばしば、「ヨシャパテ!」(Jehoshaphat !)という感嘆語を使うが、これはもちろん旧約聖書からの引用。ヨシャパテ王は、勝ち目のない戦に際し、聖歌隊を送り込むことで勝利したという話が伝わっている(第2歴代誌20章)。イライジャ・ベイリのイライジャは、旧約聖書の預言者エリアの英語読み。ヨシャパテ王と同時代の人だったとされている。
ベイリが、自らの欠点を克服し、事件を解決していくのは、彼の刑事としての使命感であり、公共の福祉に寄与しなければならないという義務感であろう。
個人主義・自由主義のアメリカで人気を博したSF作家のアシモフが、このような東洋人臭い主人公を描くのは意外なことだが、彼は実はロシアに生まれた。ソ連成立後にアメリカに移民したのである。その生い立ちが影響しているのだろう。本作を含む晩年の作品は、いよいよ「公共の福祉=人類社会の幸福」について深く斬り込んで行く。

ロボット・ジスカルドは、ベイリとの別れ際に「さようなら、フレンド・イライジャ。これだけは憶えておいてください。“夜明けの世界”という言葉を、人々はオーロラに対して用いますが、いまこの時点から、地球こそ、まことの“夜明けの世界”だということを」と告げる。
(2018年1月3日 読了)

アイザック・アシモフの作品紹介

参考サイト

(この項おわり)
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