諏訪大社は4つの社からなる:上社前宮

2020年3月12日・2025年11月16日 撮影
本殿 - 上社前宮 - 諏訪大社
本殿 2025年11月16日撮影
諏訪大社は、全国に約25,000ある諏訪神社の総本社で、古事記の中にも登場する。その起源は1500~2000年(平成12年)前とされるが、日本最古の神社の1つであることは間違いない。
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本殿 - 上社前宮 - 諏訪大社
本殿 2020年3月12日撮影
諏訪湖を中心に、個性豊かな4つの社――上社本宮 (かみしゃほんみや) 上社前宮 (かみしゃまえみや) 下社秋宮 (しもしゃあきみや) 、下社春宮 (はるみや) ――がある。
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本殿 - 上社前宮 - 諏訪大社
本殿 2025年11月16日撮影
諏訪大社 上社前宮(長野県茅野市宮川2030)は、その名の通り上社の中で一番古い社で、諏訪の祭祀の発祥地とされる。
守矢 (もりや) 氏の本拠地で、諏訪の神官の中で唯一狩猟を許されていた。
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上社前宮 - 諏訪大社
上社前宮
シカやイノシシを生贄として神に捧げるための大切な神事で、狩猟で得られた肉は、古代の人々にとっての食料としても重宝されていた。
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上社前宮 - 諏訪大社
上社前宮
上社には、古事記の国譲りで大国主神の息子として登場する建御名方神 (たけみなかたのかみ) が祀られている。国津神の中でも力自慢で知られた建御名方神だったが、天津神の建御雷神 (たけみかづち) の前に歯が立たず、諏訪の地まで追われ、そこにとどまることを誓った。
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本殿の狛犬 - 上社前宮 - 諏訪大社
本殿の狛犬
こうして、大国主神出雲神社に、建御名方神諏訪大社に祀られる(というより封じられる)ことになるのだが、その後、日本神話に建御名方神が表れることはない。

ところが、朝廷は従五位からスタートした諏訪大社の神階を、あっという間に最高位の正一位に格上げした。一方の出雲大社は正二位どまりである。
それほど朝廷は諏訪一族を畏れていたと言える(荒ぶる神々を手厚く祀ることで鎮めるのは朝廷の仕事のひとつ)。
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本殿の狛犬 - 上社前宮 - 諏訪大社
本殿の狛犬
たとえば朝廷が東征を行う度、鳥海山が噴火して被害が出た。また、諏訪湖は、日本列島を東西に走る中央構造線と、南北に走る糸魚川静岡構造線が交差する場所にあり、古来から天変地異の中心と畏れられていたのだ。

諏訪大社では神体山信仰が色濃く、社殿は神の依代としての性格が強いが、前宮は特に土着的・原始的な祭祀形態を伝える場とされる。建御名方神は出雲神話に登場する神で、諏訪の地に定着した後、地域の守護神、武神、農耕神として信仰されてきた存在である。
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十間廊 - 上社前宮 - 諏訪大社
十間廊
十間廊 (じっけんろう) は、前宮本殿の前方に建つ細長い社殿である。名称のとおり桁行が約十間あることに由来し、祭祀の際に神職が着座する場、また神事具を整える場として用いられてきた。
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上社前宮 - 諏訪大社
上社前宮
前宮は古式の祭祀形態を色濃く残すため、十間廊も装飾を抑えた簡素な構造で、自然と調和した佇まいを見せる。社殿を中心とする信仰ではなく、神の降臨を迎えるための場としての性格が強く、前宮の原始的な信仰形態を理解する上で重要な建造物である。
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御室社のケヤキ - 上社前宮 - 諏訪大社
御室社のケヤキ
上社前宮の境内には、御室社のケヤキ (みむろしゃのけやき) と呼ばれるケヤキの巨木がある。御室社は神霊が籠もる場所とされ、社殿を持たず、ケヤキそのものを神の依代として崇敬してきた。諏訪大社では山や樹木など自然物を神体とする信仰が古くから根付いており、御室社のケヤはその象徴的存在である。長年にわたり祭祀の中心として守られ、人工物に依らない諏訪信仰の原初的形態を今に伝えている。
樹高約20メートル、胸の高さでの幹回りは約6メートル、推定樹齢は約200〜300年。
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前宮四之御柱 - 上社前宮 - 諏訪大社
前宮四之御柱
御柱祭 (おんばしらさい) は7年に一度行われる諏訪大社最大の神事であり、前宮にも四本の御柱が建てられる。御柱は守屋山などから切り出された巨大なモミの木で、山出し、里曳きと呼ばれる勇壮な工程を経て社地に曳き入れられる。
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前宮二之御柱 - 上社前宮 - 諏訪大社
前宮二之御柱
前宮の御柱は社殿四隅ではなく、神域を区画するように配置される点に特徴があり、御柱そのものが結界であり神の依代であるという古い信仰観を示している。

歴史的には、前宮は諏訪信仰発祥の地とされる。古代、守屋山を神体とする自然崇拝が行われ、その祭祀の中心が前宮周辺であったと考えられている。文献上は平安時代以降にその存在が明確になるが、考古学的にはそれ以前から祭祀が行われていた可能性が高い。中世には諏訪大社の神長官を務めた守矢氏が祭祀を司り、前宮は政治的・宗教的にも重要な位置を占めていた。
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前宮一之御柱 - 上社前宮 - 諏訪大社
前宮一之御柱
境内は他の大社と比べて簡素であり、前宮本殿、十間廊、内御玉殿などが点在する。石垣や玉垣は最小限で、森と社殿が連続する景観が保たれている。境内を流れる前宮川は清らかな水を湛え、禊や神事に用いられてきた。こうした自然と一体化した構成は、前宮が形式化以前の神社形態を伝える貴重な存在であることを示している。
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上社前宮 - 諏訪大社
上社前宮からの眺め
上社前宮は守屋山の西麓にあたり、社地はなだらかな山裾に開けている。眼前には諏訪盆地が広がり、晴天時には諏訪湖方面を望むことができる。周囲は深い森と清流に囲まれ、人工的な構造物が少ないため、古代祭祀の空気を色濃く残す眺めを有している。
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諏訪頼重の供養塔 - 上社前宮 - 諏訪大社
諏訪頼重の供養塔
境内には、鎌倉時代初期の武将である諏訪頼重 (すわよりしげ) の供養塔が建てられている。諏訪頼重は諏訪氏の当主であったが、源頼朝との対立の末、1181年(治承5年)に鎌倉で自害に追い込まれた人物である。その霊を慰めるため、前宮の地に供養塔が置かれたと伝えられる。
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上社前宮 - 諏訪大社
上社前宮
諏訪氏は神職と武家の性格を併せ持つ一族であり、前宮はその精神的拠点でもあった。供養塔の存在は、前宮が単なる信仰の場にとどまらず、諏訪氏の歴史と深く結びついた場所であることを今に伝えている。
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マンホール - 上社前宮 - 諏訪大社
マンホール
境内には、茅野市のデザインマンホール蓋が設置されており、縄文文化を象徴する土偶「縄文のビーナス」や、国宝土偶が出土した尖石遺跡、八ヶ岳や霧ヶ峰の自然景観などが意匠として描かれている。縄文の里としての歴史的特色と高原都市の自然環境を表現し、地域の個性を身近に伝えるデザインとなっている。
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交通アクセス

【鉄道】
  • JR茅野駅から徒歩約40分
【自動車】
  • 中央自動車道「諏訪IC」から約2.2km
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目的地:諏訪大社 上社前宮
諏訪大社 関連

参考サイト

近隣の情報

(この項おわり)
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