西暦1787年 - 寛政の改革

松平定信による倹約令
松平定信
1787 年、徳川家斉 (とくがわいえなり) が第11 代将軍になり、田沼意次 (たぬまおきつぐ) の失脚後、老中に松平定信 (まつだいらさだのぶ) を起用する。

松平定信は財政の立て直しを図るため、祖父に当たる 8 代将軍・徳川吉宗 (とくがわよしむね) 享保の改革に倣い、倹約令を発布し、寛政の改革を断行する。

しかし、あまりにも厳しい命令が続いたため民衆に嫌われ、1793 年 老中の座を追われる。
ちなみに、老中に就く前、松平定信は陸奥白河 (むつしらかわ) 藩主であった。藩政に尽力し、天明の大飢饉の際には藩内で餓死者を出さなかったという。
寛政の改革の際、火付盗賊改役にあった長谷川宣以 (はせがわのぶため) (平蔵)は、犯罪者の更生施設である人足寄場を石川島に設立することを提案した。そこで上司である松平定信に予算の増額を要求するのだが受け入れられず、幕府から阿須かっら資金を銭相場に投じるという荒技で資金を確保した。
1675 1725 1775 1825 1875 1787 寛政の改革 1758 1829 松平定信 1782 1787 天明の大飢饉 1745 1795 長谷川宣以 1773 1841 徳川家斉 1737 1786 徳川家治 1767 1786 田沼時代 1719 1788 田沼意次 1716 1783 与謝蕪村 1776 平賀源内によるエレキテルの実験 1728 1779 平賀源内 1723 1803 前野良沢 1730 1801 本居宣長 1774 解体新書 1733 1817 杉田玄白 1753 1806 喜多川歌麿 1745 1818 伊能忠敬 1792 大黒屋光太夫がロシア女帝に謁見 1751 1823 大黒屋光太夫 1755 1829 鶴屋南北 1794 1795 東洲斎写楽の活動 1765 1831 十返舎一九 1760 1849 葛飾北斎 1711 1799 乾隆帝 1728 1762 ピョートル3世 1729 1796 エカチェリーナ2世 1783 熱気球の発明 1745 1799 ジャック・エティエンヌ・モンゴルフィエ 1740 1810 ジョセフ・ミシェル・モンゴルフィエ 1769 ワット式蒸気機関 1736 1819 ジェームズ・ワット 1723 1790 アダム・スミス 1781 天王星の発見 1738 1822 ハーシェル 1738 1820 ジョージ3世 1789 1799 フランス革命 1754 1793 ルイ16世 1755 1793 マリー・アントワネット 1749 1791 オノーレ・ミラボー 1758 1794 ロベスピエール 1732 1809 ハイドン 1756 1791 モーツァルト 1774 質量保存の法則の発見 1743 1794 ラヴォアジェ 1762 「社会契約論」「エミール」が発禁に 1712 1778 ルソー 1771 「ブリタニカ百科事典」の完成 1717 1783 ジャン・ル・ロン・ダランベール 1723 1790 アダム・スミス 1724 1804 イマヌエル・カント 1737 1798 ガルバーニ 1756 1763 七年戦争 1740 1748 オーストリア継承戦争 1712 1786 フリードリヒ2世 1717 1780 マリア・テレジア 1776 アメリカ独立宣言 1773 ボストン茶会事件 1775 1783 アメリカ独立戦争 1706 1790 ベンジャミン・フランクリン 1732 1789 ジョージ・ワシントン 1735 1826 ジョン・アダムズ 1743 1828 トーマス・ジェファーソン 1703 1787 ムハンマド・イブン=アブドゥルワッハーブ Tooltip

参考書籍

日本人なら身につけたい江戸の「粋」

日本人なら身につけたい江戸の「粋」


(植月真澄/河出書房新社/2008 年(平成 20 年)9 月)
(この項おわり)
header