西暦1338年 - 足利尊氏、征夷大将軍に任官

室町幕府がはじまる
足利尊氏
1338 年(暦応元年/延元 3 年)、足利尊氏 (あしかがたかうじ) 征夷大将軍 (せいいたいしょうぐん) に任官され、京都室町に幕府を開く。これより 1573 年までの約 240 年間を室町時代と呼ぶ。

鎌倉幕府が滅亡し、1333 年(元弘 3 年/正慶 2 年)6 月、自らが政治を行う「建武の新政」をはじめた後醍醐天皇 (ごだいごてんのう) であったが、領主や武士団の不満を解消するには至らなかった。
当初は後醍醐天皇に味方して倒幕に協力した足利尊氏 (あしかがたかうじ) が離反すると、恩賞に不満をもった多くの武士がこれに従った。

後醍醐天皇は、新田義貞 (にったよしさだ) 北畠顕家 (きたばたけあきいえ) らに尊氏討伐を命じる。足利尊氏は、いったん九州へ下り、兵を立て直し、持明院統 (じみょういんとう) 光厳上皇 (こうごんじょうこう) 院宣 (いんぜん) を掲げて京都へ進軍する。

1336 年(延元元年/建武 3 年)11 月 2 日、ついに後醍醐天皇は三種の神器光明天皇 (こうみょうてんのう) に譲らざるを得なくなり、ここに建武の新政は終わりを告げる。

足利尊氏は、光厳上皇の院政の下、光明天皇を擁立し、11 月 7 日には建武式目 (けんむしきもく) を定め、幕府の基本方針を示した。この年(1336 年)をもって室町幕府の始まりとする考え方もある。

一方、後醍醐天皇は 12 月に京を脱出して吉野へ逃れ、光明天皇に譲った三種の神器は偽物であり、自らが持っているものが本物であると称した。ここに天皇家は、光明天皇の北朝と後醍醐天皇の南朝に分裂し、1392 年(元中 9 年/明徳 3 年)に両王朝が合一するまでの時代を「南北朝時代」と呼ぶ。

この時代の世界

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(この項おわり)
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