たばこと塩の博物館

2022年5月22日 撮影
シンボルモニュメント - たばこと塩の博物館
シンボルモニュメント
たばこと塩の博物館(東京都墨田区横川1-16-3)は、日本たばこ産業(JT)が運営する企業博物館だ。
3万点の資料と、肉筆浮世絵83点、浮世絵版画1550点余、版本300点などの美術品も所蔵している。
玄関にあるブロンズ製のシンボルモニュメントは、1978年(昭和53年)、日本専売公社によって渋谷公園通り沿いにたばこと塩の博物館を開設したときに制作されたもの。その原型は、19世紀初頭、スウェーデンのエスキルスッナのたばこ屋が室内用看板として使用していたもので、現在ストックホルムのタバコ&マッチ博物館に展示されている。
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たばこと塩の博物館
たばこと塩の博物館
中高年の方はご記憶のことと思うが、GHQの指示により、1949年(昭和24年)に大蔵省の外局で、たばこ・塩・樟脳の独占販売を行っていた専売局が、日本専売公社として分離独立する。なお、同時期に国鉄(日本国有鉄道)が、1952年(昭和27年)に電電公社(日本電信電話公社)が誕生し、三公社五現業と呼ばれた。
中曽根康弘内閣により、1985年(昭和60年)4月に民営化。日本たばこ産業株式会社に、たばこの独占製造権と塩の専売権を継承させた。
たばこと塩の博物館は老朽化したため、日本たばこ産業の敷地にある倉庫を改装し、2015年(平成27年)4月に移転・開館した。
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イギリスの岩塩 - たばこと塩の博物館
イギリスの岩塩
塩(塩化ナトリウム)は生きていくために必須のミネラルだ。
海洋に囲まれた日本では、海水を蒸発させることで塩を手に入れることができるが、ヨーロッパの内陸部では、大昔に海水が陸上に閉じ込められて結晶化した岩塩を採取していた地域が多い。
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グレートソルトレイクの塩 - たばこと塩の博物館
グレートソルトレイクの塩
岩塩は、ミネラルやイオウ、有機物の混入や、地層中で長期間にわたって放射線を浴びることによって生じた格子欠陥などにより、さまざまな色が付いている。

2002年(平成14年)の冬季オリンピックが開催された米ユタ州のソルトレイクシティは、その名が示すとおり、イスラエルの死海のように海水より塩分が濃い湖「グレートソルトレイク」が広がる。
真空式蒸発缶 - たばこと塩の博物館
真空式蒸発缶
かつては塩田で海水から塩を取り出していたが、昭和の時代に入ると、水が気圧の低いところでは100℃以下で沸騰するという性質を利用し、水蒸気の熱だけで、次々にかん水を沸騰させ、塩を採るようになった。蒸発に使う缶を真空式蒸発缶と呼ぶ。
十字の神殿 - たばこと塩の博物館
十字の神殿
常設展示室「たばこの歴史と文化」に入ると、マヤ文明の古代都市遺跡にある十字の神殿に突き当たる。
カン・バラム2世(在位684~702年)の時代に造営されたもので、中央のレリーフの右側がカン・バラム2世、左側がパカル王といわれている。
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ニコチアナ・タバカム,ニコチアナ・ルスチカ - たばこと塩の博物館
ニコチアナ・タバカム,ニコチアナ・ルスチカ
右側のレリーフは、大きな葉巻状のたばこをくゆらす「たばこを吸う神」で、恵みをもたらす地下世界の神とされている。

現在、喫煙の用途で栽培されているのは、主にニコチアナ・タバカム(写真右)とニコチアナ・ルスチカ(写真左)の2種類だ。ニコチアナ・ルスティカはマルバタバコと呼ばれ、原産地は南米。高濃度のニコチンを含む。ニコチアナ・タバカムは、ボリビアからアルゼンチンとの国境にかけてのアンデス山中に分布する2つの野生種の間に生まれた種だと考えられており、世界中の多くの紙巻きたばこの原料となっている。
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喫煙具 - たばこと塩の博物館
喫煙具
世界中の喫煙具。
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トマホークパイプ - たばこと塩の博物館
トマホークパイプ
トマホークパイプは、北米先住民が使っていたパイプだ。パイプの素材としては石が多く用いられ、その形態は部族によってさまざま。
たばこを詰めるパイプの先端部分にカトリナイトという貴重な石を使ったものは「平和のパイプ」と呼ばれ、部族間にトラブルが起こった際に相手と戦うか和睦を結ぶかを選択する時に部族の意思決定のシンボルとして機能したり、和睦を結ぶ場合に相手とこのパイプでたばこを回し飲み和睦の契りを結ぶなど、重要な役割を果たしていた。
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パッケージの英語表記禁止 - たばこと塩の博物館
パッケージの英語表記禁止
たばこ文化が日本に輸入されるのは慶長年間(1596~1615年)と考えられている。
1937年(昭和12年)の盧溝橋事件で日中戦争がはじまると、米英を敵性国家とみなし、たばこのパッケージの英語表記も禁止された。
1906年(明治39年)に発売されたゴールデンバットは金鵄 (きんし) に、チェリーはサクラに、カメリヤは椿に商品名が変わった。
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ハイライト - たばこと塩の博物館
ハイライト
中高年には懐かしいハイライト(hi-lite)――1960年(昭和35年)に日本初のロングサイズ(8.0cm)の紙巻きたばことして発売され、発売後2週間で4億本を売り上げた。1968年(昭和43年)には売り上げ世界第1位を記録し、高度経済成長期を象徴するアイテムとなった。
葉巻党で有名だった元内閣総理大臣・吉田茂(1967年没)も、晩年には葉巻よりは軽いハイライトを吸っていたという。
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セブンスター - たばこと塩の博物館
セブンスター
セブンスターは1969年(昭和44年)に、日本で初めてチャコールフィルターを採用した紙巻きたばことして発売された。チャコールフィルターとは、タバコの吸い口につけられた活性炭入りのフィルターで、ニコチンやタールを吸着する。
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マイルドセブン(現・メビウス) - たばこと塩の博物館
マイルドセブン(現・メビウス)
マイルドセブンせぶんすたーのマイルドバージョンとして、1977年(昭和52年)に販売開始した。発売当初は味が薄い商品と懸念されたが、軽い喫味を求める喫煙者の支持を受け、瞬く間に日本国内で最も売れているたばこ銘柄に成長した。
ファミリー製品を増やし、世相を反映してパッケージデザインも変更してきた。2013年(平成25年)には、ブランド名をメビウスに変更した。
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たばこ自販機 - たばこと塩の博物館
たばこ自販機
こちらも中高年世代にはお馴染みの昭和時代のたばこ自販機――販売できる銘柄を増やしていき、2008年(平成20年)からは成人識別カード「taspo」に対応した自販機に切り替わっていった。

taspoで使用している通信回線がサービス終了することから、2026年(令和8年)3月にtaspoが終了になるという。代わりにマイナンバーカードや免許証を利用した成人識別を導入する。
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たばこ屋 - たばこと塩の博物館
たばこ屋
こちらも中高年世代にはお馴染みのたばこ屋――専売公社から直接仕入れて販売し、独禁法に違反せずに定価販売でき、一定範囲に複数店舗を配置しない許可制であるが、利益率が10%以下と低く、引退した高齢者が小遣い稼ぎのために営んでいる形態が多い。なぜか公衆電話がセットで置かれているイメージがある。
店頭に置かれている銘柄の種類を思い出すと、現代のコンビニとは隔世の感がある。1980年代にコンビに取って代わられ、街から姿を消していくことになる。
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交通アクセス

【鉄道】
  • 東武スカイツリーライン「とうきょうスカイツリー駅」下車、徒歩8分
  • 都営浅草線「本所吾妻橋駅」下車、徒歩10分
  • 東京メトロ半蔵門/都営浅草線/京成線/東武スカイツリーライン「押上駅」下車、徒歩12分
行き方ナビ
出発地の最寄駅:

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参考サイト

近隣の情報

(この項おわり)
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