西暦1701年 - キャプテン・キッドの処刑

海賊時代の絶頂期
海賊船
キャプテン・キッド”ことウィリアム・キッドは、イギリスからアメリカに移住し、商人として働いていた。その後、イギリスから海賊退治を含むフランス船の略奪許可を得た。アルマダ戦争の項でも触れたように、当時のイギリス政府は海上での略奪行為を認めていたのであった。

そこでキッドは、軍人や貴族から出資を募り、36門の大砲と70人の乗員を持つ強力なアドベンチャー・ギャリー号を購入した。
ところが、海賊退治やフランス船の略奪だけでは十分な利益をあげることはできず、キッドはイギリス以外のあらゆる船から略奪を始めるようになり、やがて海賊のような活動を行うことになる。
しかし、マダガスカル島でかつての部下ロバート・カリフォードと相まみえ、乗員の謀反を招く結果となる。キッドは命からがらアメリカに戻るが、そこで拘束され、1701年、ロンドンで絞首刑となる。

後年、キッドが莫大な財宝を隠したという伝説が生まれ、彼の活躍をモチーフとした小説が多く書かれるようになる。

この時代の世界

1625 1675 1725 1775 1701 キャプテン・キッドの処刑 1645 1701 ウィリアム・キッド 1650 1702 ウィリアム3世 1726 「ガリバー旅行記」の出版 1667 1745 スウィフト 1719 「ロビンソン・クルーソー」出版 1660 1731 ダニエル・デフォー 1710 マイセン陶磁器製作所の創立 1707 ストラディヴァリウスの最盛期 1644 1737 アントニオ・ストラディバリ 1676 1721 アレキサンダー・セルカーク 1689 1755 モンテスキュー 1722 イースター島の発見 1663 1729 トーマス・ニューコメン 1705 ハレー彗星を予言 1656 1742 エドモンド・ハレー 1728 恒星の年周光行差の観測 1693 1762 ジェームズ・ブラッドリー 1660 1753 ハンス・スローン 1721 最初のイギリス首相 1676 1745 ロバート・ウォルポール 1685 1750 バッハ 1725 バイオリン協奏曲「四季」発表 1678 1741 ヴィヴァルディ 1685 1759 ヘンデル 1713 ユトレヒト条約 1701 1714 スペイン継承戦争 1638 1715 ルイ14世 1661 1700 カルロス2世 1683 1746 フェリペ5世 1640 1705 レオポルト1世 1685 1740 カール6世 1688 名誉革命 1709 アン法の制定 1665 1714 アン 1633 1701 ジェームズ2世 1660 1727 ジョージ1世 1632 1704 ジョン・ロック 1642 1727 ニュートン 1702 赤穂浪士の討ち入り 1707 宝永の大噴火 1707 宝永地震 1709 1716 徳川家継 1646 1709 徳川綱吉 1685 生類憐れみの令 1689 おくのほそ道 1644 1694 松尾芭蕉 1716 享保の改革 1731 1732 享保の大飢饉 1677 1751 大岡忠相 1684 1751 徳川吉宗 1653 1724 近松門左衛門 1657 1725 新井白石 1697 1769 賀茂真淵 1698 1769 青木昆陽 1654 1722 康煕帝 1689 ネルチンスク条約 1678 1735 雍正帝 1689 ネルチンスク条約 1721 ロシア帝政始まる 1672 1725 ピョートル1世 1688 1747 ナーディル・シャー 1692 セイラム魔女裁判はじまる Tooltip

参考書籍

世界史に消えた海賊

世界史に消えた海賊


(武光誠/青春出版社/2004年7月)

スペインの無敵艦隊を破った海賊ドレーク、「ロビンソン・クルーソー」のモデルとなった海賊セルカーク、そしてキャプテン・キッドに黒ひげティーチ‥‥陸のルールに従わず、自由奔放に生きた海賊たちの歴史を振り返る。
漫画「ワンピース」が、こうした実在の海賊たちをモデルにしていることを知ることもできる。
(この項おわり)
header