西暦1497年 - 「最後の晩餐」の完成

イタリア・ルネサンスの傑作
最後の晩餐

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の位置

レオナルド・ダ・ヴィンチは、1495 年、パトロンであったルドヴィーコ・スフォルツァ公の要望で、イタリアのミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂の壁画として「最後の晩餐」の製作に着手した。1497 年に完成する。
聖書に登場するイエス・キリストの最後の日に描かれている晩餐の情景を描いているもので、4.2×9.1 メートルという巨大な作品である。
「最後の晩餐」は、当時主流であったフレスコ画ではなくテンペラ画で描かれている。テンペラ画は、絵具が乾けばすぐに塗り重ねる事ができ修正がしやすい一方で、痛みやすい画法である。このため完成から 20 年もたたないうちに劣化が始まったといわれている。過去何度も修復を行っており、第二次世界大戦の戦火を辛うじて逃れ、完成から 500 年以上にもわたって存在していること自体が奇跡と言われている。

「レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院」として、1980 年(昭和 55 年)に世界遺産に登録されている。

ちなみに、同じダ・ヴィンチの作品である「モナ・リザ」は持ち運びが可能であるため、世界遺産の指定は受けられない。
1375 1425 1475 1525 1575 1497 「最後の晩餐」の完成 1452 1519 レオナルド・ダ・ヴィンチ 1494 トルデシリャス条約 1529 サラサゴ条約 1492 グラナダ陥落 1488 喜望峰の発見 1450 1500 バーソロミュー・ディアス 1492 大西洋航路の発見 1451 1506 コロンブス 1454 1512 アメリゴ・ヴェスプッチ 1519 1522 マゼランの世界周航 1480 1521 マゼラン 1475 1541 ピサロ 1485 1547 コルテス 1473 1543 コペルニクス 1517 95ヶ条の論題 1483 1546 マルティン・ルター 1486 「魔女の鉄槌」の出版 1478 パッツィ家の陰謀 1449 1492 ロレンツォ・デ・メディチ 1444 1510 ボッティチェリ 1432 1492 インノケンティウス8世 1431 1503 ロドリーゴ・ボルジア 1439 1503 ピウス3世 1455 1495 ジョアン2世 1443 1513 ユリウス2世 1488 加賀の一向一揆 1483 銀閣建立 1435 1490 足利義政 1440 1496 日野富子 1467 1477 応仁の乱 1432 1486 太田道灌 1420 1506 雪舟 1441 1499 山名政豊 1442 1500 後土御門天皇 1432 1519 北条早雲 1472 1528 王守仁 1480 モスクワ大公国の独立 1440 1505 イヴァン3世 1483 1530 バーブル 1453 東ローマ帝国滅亡 1432 1481 メフメト2世 1464 1520 セリム1世 1517 マムルーク朝の滅亡 Tooltip
(この項おわり)
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