本堂
萬年山成願寺(神奈川県足柄下郡湯河原町城堀252)曹洞宗の寺院で、源頼朝や土肥実平との歴史的な関わりが深い名刹だ。
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山門
成願寺の起源は、源頼朝の家臣である土肥実平が、源頼朝の挙兵に際して、家族や家運の安泰を祈願するために建立した持仏堂に遡ることができる。頼朝が房総へ落ち延びる際、土肥実平が同行し、その忠義が評価された。
源頼朝・土肥実平 腰かけ石
寺内には、頼朝と実平が腰掛けたとされる「腰掛石」や、七騎堂、釣鐘堂、文殊堂など、頼朝との関わりを示す史跡が点在している。
1525年(大永5年)に曹洞宗に改宗した。寺号の「成願寺」は、土肥実平が「萬年の世まで家運が栄えるように」との願いを込めて命名したと伝えられている。
1525年(大永5年)に曹洞宗に改宗した。寺号の「成願寺」は、土肥実平が「萬年の世まで家運が栄えるように」との願いを込めて命名したと伝えられている。
仁王門
成願寺には、開山堂や位牌堂に安置された聖観世音菩薩像があり、地域の人々に親しまれている。また、井上三綱画伯による「天女の舞姿大絵巻」や、矢部友衛画伯の「南瓜の絵」など、境内には多彩な仏画が展示されており、芸術と信仰が融合した空間を提供している。
柏槙
境内には、樹齢約850年(嘉祥3年)とされる柏槙の古木があり、これは「かながわの名木100選」にも選ばれている。このビャクシンは、土肥実平が手植えしたと伝えられ、自然と歴史が一体となった神聖な空間を形成している。
樹高20メートル、幹周7メートル、推定樹齢は820年。
樹高20メートル、幹周7メートル、推定樹齢は820年。
文殊堂
文殊堂は、学問・知恵の仏として知られる文殊菩薩を祭っている。江戸時代以降の建立と考えられ、建物自体は小規模ながら伝統的な和風建築様式で、落ち着いた雰囲気が特徴。堂内には文殊菩薩の像が安置され、参拝者は手を合わせて知恵や学問の加護を願う。
成願寺では、地域の学業成就や子どもの成長を願う行事なども文殊堂に関連して行われることがある。

江戸幕末期、外国船来訪や天災、浅間山噴火による飢饉、文政・安政年間のコレラ流行で多くの人命が失われました。全国の寺社では病人や困窮者に飲食物を施す「施餓鬼」「喜捨」が行われ、城願寺でも七騎堂周辺に観音像を線彫りした34柱の石碑群が1858年(安政4年)に建立されました。
江戸幕末期、外国船来訪や天災、浅間山噴火による飢饉、文政・安政年間のコレラ流行で多くの人命が失われました。全国の寺社では病人や困窮者に飲食物を施す「施餓鬼」「喜捨」が行われ、城願寺でも七騎堂周辺に観音像を線彫りした34柱の石碑群が1858年(安政4年)に建立されました。
西国三十三観音菩薩像石碑群
これが、西国三十三観音菩薩像石碑群である。
老母の私財や近隣村の名主・組頭の協力で造立され、供養と三十三観音への参拝を通じて村人はコレラ流行を無事に乗り切ったと伝えられます。石碑群は、相互扶助と善政の歴史的見本として今に残る。
老母の私財や近隣村の名主・組頭の協力で造立され、供養と三十三観音への参拝を通じて村人はコレラ流行を無事に乗り切ったと伝えられます。石碑群は、相互扶助と善政の歴史的見本として今に残る。
浩宮徳仁親王ご見学記念碑
1980年(昭和55年)、学習院大学3年生の浩宮徳仁親王が安田元久教授の引率で城願寺を見学された。この年は源頼朝・土肥実平による平家追討の旗挙げから800年(延暦19年)目で、親王は旧暦出陣日に合わせて9月12日に訪問し、城願寺のビャクシン前で先代住職から説明を受けた。
成願寺
堂内に写真が残り、『讀賣新聞』にも掲載。境内には旗挙八百年の記念石碑やビャクシンの記念樹があり、見学を記念して急遽「見学記念碑」が追加された。浩宮親王は令和元年に天皇に即位された。
両子殿下御臨幸記念の松の碑
1913年(大正2年)、大正天皇の皇子・昭和天皇(当時12歳)と秩父宮(当時11歳)が城願寺で歴史学習を行い、土肥実平ゆかりの墓地や手植えのビャクシンを見学、本堂前に黒松を植樹した。
成願寺
当時、湯河原町の万葉公園は大倉家の別荘「養生園」で、夏目漱石や東郷平八郎ら著名人も健康回復に訪れており、両皇子も宿泊しました。記念碑は秩父宮の逝去後の1953年(昭和28年)に建立され、黒松は1988年(昭和63年)に枯れたため、現在は記念碑のみが残っている。
七騎堂
七騎堂は、土肥実平と関わりのある御堂で、戦没者や土肥氏の忠臣を祀るために建立された。七騎とは、特に功績のあった7人の武士を指し、鎌倉時代以来の歴史的背景を伝える小規模な建物だ。現在も地域の歴史を象徴する重要な建造物として保存されている。
釣鐘堂
釣鐘堂は、重要な行事や法要の際に鐘を撞くために使われる。古くから地域の人々に親しまれ、鐘の音は平安や祈りの象徴とされている。建物自体は簡素ながら趣のある木造で、寺院全体の歴史的雰囲気を引き立てている。
交通アクセス
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(この項おわり)

