『無とは何か』――モノからコトへ

堀田昌寛=著
表紙 無とは何か
著者 堀田昌寛
出版社 SBクリエイティブ
サイズ 新書
発売日 2026年06月07日頃
価格 1,100円(税込)
ISBN 9784815640378
全ては実在ではなく、情報です。「情報」とは、形も重さも持たない知識的な概念です。そして量子情報が、量子力学における主役です。

概要

物理学における「無」の概念
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本書は、2008年(平成20年)に世界で初めて量子エネルギーテレポーテーション(QET)を提案した理論物理学者の堀田昌寛 (ほった まさひろ) さんの著作である。
物理学における「無」の概念が、単なる空虚ではなく、観測者に依存して揺らぎ、実在と入れ替わる豊かな構造を持つことを示す。相対性理論では重力が観測者次第で存在も消失もする「幻」であることが、AI論では実在感が保存則への信頼から生まれる後天的な感覚にすぎないことが、量子力学では「そこにモノがある」という局所実在性自体がベル不等式の破れによって否定されることが、それぞれ示される。
量子力学は実在論ではなく情報理論であり、モノや宇宙の本質は量子情報である。ブラックホールや宇宙論の考察は、時空そのものが量子情報から創発する可能性を示し、最終的に「実在」も「無」も観測者としての〈私〉の存在と不可分であるという結論に至る。

はじめに‥‥「無」を単なる空虚と見る素朴な理解を覆すことが本書の目的である。物理学ではかつて無を「何も存在しないこと」として捉えてきたが、現代物理学の真空は絶えず揺らぎ、そこからモノや宇宙さえも生まれる。真空の属性は観測者の運動に依存し、無と実在は観測者次第で入れ替わる。「そこにモノがある」という実在の考え方自体も、2022年(令和4年)ノーベル物理学賞の実験で否定された。この事実を踏まえ、「無」の多様な顔を巡る物理学ツアーへ読者を誘う。

第1章‥‥ニュートリノなど素粒子は量子力学と相対性理論に支配され、日常感覚とはかけ離れた実在像を示す。物理学における「無」は真の無ではなく真空の揺らぎであり、ディラックの海に見られるように存在と無は歴史的に入れ替わってきた。古代哲学者パルメニデスが説いた絶対的な無は実証科学の対象外である。量子力学は21世紀に入り「情報理論」として理解し直され、観測問題や多世界解釈はアップデートされた理解では否定される。宇宙の始まりの有無というカント二律背反 (にりつはいはん) も、相対性理論と量子力学の統合により新たな形で解消されうることが示唆される。
相対性原理
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第2章‥‥一般相対性理論では、重力は時空の歪み (ゆがみ) として生じ、自由落下する観測者にとっては重力は消滅する「幻」となる。等価原理により地球の重力と人工的な遠心力は物理的に区別できない。特殊相対性理論では、走る物体の長さの収縮や時刻の同時性の相対化、時間の遅れが観測者ごとに異なる形で生じるが、それぞれの記述はどれも正しい。アインシュタイン方程式は時空の曲がりとして重力を幾何学的に描き、重力場のエネルギーは座標系に依存し一意に定まらない。実在と無は観測者に依存して決まる、という視点がここで確立される。
第3章‥‥「見ていないときに月は存在するか」というアインシュタインの問いをAIの視点から考察する。AIも人間も、対象の運動を予想できる度合いに応じて実在感を抱くと考えられ、その予想可能性は保存則に支えられている。しかし現実の保存則も厳密には破れており、お金のように保存則の経験だけで実在感が形成される例もある。荘子の「胡蝶の夢 (こちょうのゆめ) 」のように、保存則が弱まればAIも自己の実在性を疑いうる。錯視の存在は人間の認識も実在をそのまま映していないことを示し、ニック・ボストロムのシミュレーション仮説にも触れつつ、量子力学の観点からこれに反論する。

第4章‥‥二重スリット実験は、電子が右と左のスリットを通った歴史の量子的な重ね合わせにより干渉縞を作ることを示す。シュレディンガーの猫の思考実験や、地球全体を量子状態として扱う思考実験からは、徳川家康 (とくがわいえやす) のような歴史上の実在すら観測者次第で意味を失うことが導かれる。2022年(令和4年)ノーベル賞の対象となったベル不等式の破れは、「そこにモノがある」という局所実在論を実験的に否定した。位置と運動量は量子揺らぎのため同時に確定できず、トンネル効果も観測前には粒子が実在しないことを示す。実在ではなく情報こそが世界の主役であるという結論に至る。
波動関数
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第5章‥‥波動関数は実在の波ではなく、観測確率をまとめた情報にすぎず、量子力学はシャノンの情報理論と同じ枠組みで理解できる。量子もつれは強力な「合言葉」のような相関であり、干渉縞の消失や量子テレポーテーション、筆者提案の量子エネルギーテレポーテーションを説明する鍵となる。素粒子には個性がなく、モノの個性は素粒子間の関係を記録する量子情報が担う。観測者の運動により真空が「無」にも「熱粒子の存在」にもなるウンルー効果も示される。波動関数の収縮問題や観測者問題、多世界解釈は情報理論の立場から否定され、実在への執着を手放す必要が説かれる。
第6章‥‥ブラックホールは物質のない時空の歪み (ゆがみ) そのものであり、本来は「無」に等しい存在だが、ホーキング博士の理論では量子効果により熱を持つ光子(ホーキング輻射)を放出することが示された。この蒸発過程で元の星の量子情報が失われるように見える「情報喪失問題」が生じ、量子重力理論の探求を促した。笠-高柳公式 (かさ-たかやなぎこうしき) は、量子もつれの強さを表すエントロピーが時空内の最小曲面の面積で表されることを示し、「量子情報からの時空の創発」という考えを導いた。ホーキング輻射の有無も観測者の運動状態に依存し、実在と無の境界は絶対的ではないことが確認される。

第7章‥‥カントの時間の始まりをめぐる二律背反 (にりつはいはん) は、一般相対性理論やホーキング博士らの「無からの宇宙創成」理論によって新たな形で解消される。虚時間 (きょじかん) における量子揺らぎの「無」から、トンネル効果によって宇宙が実時間の膨張へと転じたと考えられている。量子重力理論では時間そのものが存在しないという主張もあり、時間の実在は観測者の意識と結びつく。タイムマシンは自分突き飛ばしのパラドックスやホーキング博士の時間順序保護仮説により実現困難とされる。宇宙の未来は冷たい死やビッグクランチ、ビッグリップなど「無」に帰する複数のシナリオが議論されているが、確定した結論はない。

おわりに‥‥本書の総括として、重力もモノの実在も、量子力学の観点からは観測者にとっての「情報」にすぎないという「万物は量子情報である(It From Qbit)」という思想が提示される。素粒子自体には個性も色もなく、モノの個性は量子情報が担う。科学は〈私〉という観測者の存在を公理として無条件に受け入れることから始まるが、その〈私〉の実在も他者からは証明できない。宇多田ヒカル (うただひかる) の楽曲「何色でもない花」を引きつつ、不確かな〈私〉を自ら肯定することの意義が語られ、現代物理学が示す「無」の理解が、語り得ぬものへの道標となりうると結ばれる。

レビュー

AIロボが見る満月
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第3章で堀田さんは、ヒトは予測可能なモノを〈実在〉として感じ取っているのではないかという仮説を立てる。予想は保存則があるからできる。月やリンゴはパッと消えたりしない。物理法則に保存支配され決して不安定な結果にはならないから、その位置も予測できる。
電子空間にある電子月も同じ物理法則で振る舞うようにすれば、AIも〈実在〉を認識できるだろう。だが、電子空間内の保存則を弱めて、電子月がランダムに現れたり消えたりするようになると、それを見ているAIは、この電子月は実在ではないのではないかと考えるようになると予想される。
保存則をさらに弱めれば、AIは電子月のみならず、AI自身の実在性を疑うことになるだろう。
よって、〈実在〉として感じとる能力は生来のものではなく、学習によって獲得していると考えられる。〈お金〉は仮想概念であるが、ヒトは経験によって〈実在〉として認識している。

1970年代からの実験の積み重ねで、「ベルの不等式」が破れていることが実証され、局所実在性は否定された。我々にとって当たり前の感覚でもある「そこにモノが実在している」という思い込みも、現代の量子力学の実験によって覆ったのである。
波動関数は物理的な波を扱っているわけではない。そこで堀田さんは、「情報が世界を表現している」という意味で、量子力学は情報理論の一種と指摘する。近年の半導体素子の微細化にともない、量子力学のトンネル効果が話題になっていることも、両者の関係が深いことにつながる。
情報理論としての量子力学の本質がわかる例として、量子テレポーテーションがある。堀田さんによれば、量子テレポーテーションを使えば、理論上、人間を遠く離れた場所に一瞬で転送することができるという。量子テレポーテーションは理論的には人体であろうが何であろうが、元の「モノ」をそのまま転送することができるというのだ。

堀田さんは、この世界に実在はなく、情報しかないと見る量子力学の世界観から、多世界解釈を持ち出す必要はないと主張する。つまり、量子力学の欠陥となる観測問題は存在しないというのだ。詳しいことは本書を読んでいただくしかないのだが、これは私たちにパラダイムシフトを求める。つまり、前世紀まで信じられていた「実在」は消え去り、世界は「無」となるからだ。

最後に堀田さんは、「現代物理学の視点では、個性を持つ『モノ(物)』、つまり実在の本質は、情報という『コト(事)』なのです」と記している。「モノからコトへ」というのは現代のキーワードになっているが、本書を読んでみると、その重大さに気付かされる。
モノからコトへ
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学生の頃から、デカルトの「我思う故に我あり (われおもうゆえにわれあり) 」の言い方に疑問を抱き続けていたのだが、AIという別の視点から「世界=宇宙」を見ることで、「モノからコトへ」視点を切り替え、私たちは次のフェーズへシフトすることができるかもしれない。ただ、モノに埋もれていたいオタクにとっては、なかなかに難しい挑戦でもある😓
(2026年8月22日 読了)

参考サイト

参考書籍

(この項おわり)
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