西暦1654年 - 玉川上水が完成

江戸の飲料水不足を解消
玉川上水
1610 年頃の江戸の人口は約 15 万人だったが、40 年後の 1650 年には 43 万人に膨れあがっていた。このため深刻な飲料水不足が発生し、幕府はこれを解消するため、承応元年(1652 年)11 月、多摩川からの上水道の開削を計画する。
庄右衛門 (しょうえもん) 清右衛門 (せいえもん) 兄弟が工事を請け負い、承応 2 年(1653)2 月に着工した。
玉川上水は、武蔵国多摩郡羽村(現・東京都羽村市)の多摩川に取水口を設け、江戸の東の入口にあたる四谷大木戸(現・同新宿区)までの約 43 キロ間を、重力に任せて引水するシステムである。
だが、羽村から四谷までの標高差は約 100 メートルしかなかったことや、せっかく引いた水が水喰土 (みずくらいど) (浸透性の高い関東ローム層)によって吸い込まれてしまったり、岩盤に当たるなど、工事は困難を極めた。やがて幕府から提供された資金も尽き果て、兄弟は私財を投げ打って工事を続けたという。

難工事の末、承応 2 年(1653 年)11 月 16 日に本線が完成し、承応 3 年(1654 年)6 月から江戸市中への通水が開始された。庄右衛門・清右衛門兄弟は、この功績により玉川姓を許され、玉川上水役のお役目を命じられた。後世に玉川兄弟として語り継がれることになる。

さて、江戸市中に入った上水は、石樋・木樋等の暗渠水路で江戸城・武家屋敷・庶民の居住地等に配水され、飲料水のみならず、防火用水・泉水用水・堀用水など多目的な機能を有する都市給水システムとして発展した。羽村から四谷大木戸に至るまでの武蔵野台地の新田開発の灌漑や生活用水としても機能した。、江戸時代中期の寛政年間までに 33 個所の分水施設が設置されるに至っている。
元文年間(1736~1740 年)には小金井付近を流れる上水の堤に桜が植えられ、江戸近郊の行楽の場となった。

明治に入り新宿に建設された淀橋浄水場には玉川上水の水が導水された。
昭和 40 年(1965 年)に淀橋浄水場が廃止され、小平監視所(小平市)から下流は導水路の役割を終えたが、羽村取水口から小平監視所までの上流部は現在でも東京都水道局の現役の水道施設として活用されている。
1525 1575 1625 1675 1725 1654 玉川上水が完成 1641 鎖国の完成 1604 1651 徳川家光 1657 明暦の大火 1637 島原の乱 1621 1638 天草四郎時貞 1636 日光東照宮 1628 1700 徳川光圀 1596 1680 後水尾天皇 1654 マクデブルクの半球 1602 1686 オットー・フォン・ゲーリケ 1643 真空の発見 1608 1647 トリチェリ 1651 「リヴァイアサン」の出版 1588 1679 トマス・ホッブズ 1632 「天文対話」出版 1564 1642 ガリレオ・ガリレイ 1657 「月世界旅行記」の出版 1619 1655 シラノ・ド・ベルジュラック 1637 チューリップ・バブルが弾ける 1649 ピューリタン革命 1566 1625 ジェームズ1世 1600 1649 チャールズ1世 1599 1658 クロムウェル 1630 1685 チャールズ2世 1648 ウェストファリア条約 1618 1648 三十年戦争 1602 1661 マザラン 1605 1665 フェリペ4世 1620 ピリグリム・ファーザーズ 1592 1666 シャー・ジャハーン 1648 清の建国 1606 1645 李自成 1610 1644 崇禎帝 1617 1682 ダライ・ラマ5世 Tooltip

参考書籍

表紙 約束の奔流 小説・玉川上水秘話
著者 松浦節
出版社 新人物往来社
サイズ 単行本
発売日 2003年10月
価格 2,052円(税込)
rakuten
ISBN 9784404031587
四谷大木戸に到達した玉川上水の水を、いかにして江戸城と江戸市中へ配水するか。工事に取り組んだ石工・大工たちの技と工夫、そして心意気を活写する新鋭の秀作集!表題作のほか「辛夷の花」「木樋に賭ける」「角筈村騒動」を収録。
 
表紙 玉川上水情死行 太宰治の死につきそった女
著者 梶原悌子
出版社 作品社
サイズ 単行本
発売日 2002年05月
価格 1,728円(税込)
rakuten
ISBN 9784878934681
太宰と共に玉川上水に身を沈めた山崎富栄。生前の富栄を知る著者が、文士らのウソを暴き、その実像と死までの経緯を詳細に描く。
 

参考サイト

ぱふぅ家のホームページ

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(この項おわり)
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