西暦1812年 - 『グリム童話』出版/ラプラスの悪魔

最初は子ども向きでなかった
『グリム童話』第2版の扉
『グリム童話』第2版の扉
1812年のクリスマス、ヤーコプとヴィルヘルムのグリム兄弟が編纂したメルヘン集『グリム童話』第1巻が、ドイツで出版される。

初版は『子どもと家庭の童話』というタイトルが銘打たれたが、民話を口承のまま収録した関係で、内容や表現が子ども向きでないといった批判を受けた。以降の版では心理描写や会話文が増やされ、また残酷だったり性的な表現は削除された。たとえば、「白雪姫」「ヘンゼルとグレーテル」は、初版では実母が子どもを虐待する話だったのが、継母に置き換えられた。
神聖ローマ帝国が終焉を迎え、皇帝ナポレオンに蹂躙されたドイツでは、民族主義が台頭していた。それを受け、ドイツ・ロマン主義運動も土着の民衆文化に目を向けるようになっていた。
そんななか、ロマン派の詩人ブレンターノとアルニムによる民謡集『少年の魔法の角笛』が刊行された。ヤーコプとヴィルヘルムの法学の師であるフリードリヒ・フォン・サヴィニーの仲介で、民話収集の依頼があった。これをきっかけに、2人は民話の収集に着手した。

冒頭に述べたような理由で、初版の売上は芳しくなかった。1837年、出版社をゲッティンゲンのディーテリヒス社に変えた3版から売上が向上し、『聖書』に次いで広く読まれる書籍へと成長していった。

ゲッティンゲン七教授事件

ハノーファーにあるゲッティンゲン七教授の記念碑
ハノーファーにあるゲッティンゲン七教授の記念碑
1837年、ドイツのゲッティンゲン大学で、7人の教授が憲法改革に反対して罷免されるという事件が起きた。この中に、ヤーコプ、ヴィリヘルムのグリム兄弟の名もあった。
この事件は、ドイツでは「ゲッティンゲンの七人」(Göttinger Sieben)と呼ばれている。
この年、ハノーバー王に即位したエルンスト・アウグスト1世は保守派で、七月革命の影響を受けて誕生した1833年憲法の無効を宣言した。市民はこれに従うしかなかったが、ゲッティンゲン大学の7人の教授が大学側に猛然と抗議した。結局、中心となったヤーコプを含む3人は国外退去を命じられ、残りの4人も免職となった。
だが、学生たちはデモを繰り広げ、騒ぎは広がった。
時代は下って、ベトナム戦争時代のシカゴ大学では「シカゴの七人」と呼ばれる学生が反戦運動を展開した。これより少し前に制作された映画『七人の侍』『荒野の七人』も、「ゲッティンゲンの七人」をインスパイアしているのだろう。

1840年、プロイセン国王がフリードリヒ・ヴィルヘルム4世に代わると、グリム兄弟はベルリン大学の教授として迎え入れられた。

ラプラスの悪魔

ピエール=シモン・ラプラス
ピエール=シモン・ラプラス
1812年、フランスの数学者で天文学者のピエール=シモン・ラプラスは、著書『確率の解析理論』で次のように述べた。

もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も(過去同様に)全て見えているであろう。


この「知性」は、後世、ラプラスの悪魔と呼ばれるようになった。
ラプラスは決定論者だった。
1899年から1825年にかけ、全5巻からなる大著『天体力学概論』を出版し、剛体や流動から潮汐理論まで、古典力学をまとめ上げた。その内容は、フーリエ変換を拡張したラプラス変換や、確率論を応用し、今日の機械学習の基礎をつくったベイズ定理にまで及んだ。
国際度量衡委員会にも所属し、子午線誇張を精密に測量し、メートルの定義の基礎をつくった。
1799年、ナポレオン・ボナパルトの統領政府で短期間ながら、内務大臣となり、王政復古後はルイ18世の下で貴族院議員となった。

こうして学問・政治の分野にわたって万能を極めたラプラスは、因果的に決定された未来を完全に見通すことができるラプラスの悪魔の存在を提示したのだった。
だが、20世紀に入り、量子力学が登場し、不確定性原理が明らかになり、ラプラスの悪魔の存在は否定された。

参考書籍

表紙 グリム童話集 5冊セット
著者 ヤーコプ・グリム/ヴィルヘルム・グリム
出版社 岩波書店
サイズ 文庫
発売日 1996年12月
価格 4,807円(税込)
rakuten
ISBN 9784002010021
 
表紙 グリム兄弟―生涯・作品・時代
著者 ガブリエーレ・ザイツ/高木昌史
出版社 青土社
サイズ 単行本
発売日 1999年03月
価格 3,520円(税込)
rakuten
ISBN 9784791756971
全世界で親しまれるグリム童話は、どのように成立したのか。メルヘン・昔話を、来たるべき共同体の精神的支えとして精力的に収集・研究したグリム兄弟の、波潤の生涯と時代の全貌を活写し「近代」の意味するものを問う決定版評伝。
 

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(この項おわり)
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