西暦1988年 - 「INSネット64」サービス開始

電話とデータをつないだデジタル通信網
ISDN回線でパソコン通信と電話を同時に利用する家族
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1988年(昭和63年)4月19日、NTTは東京・名古屋・大阪の3地域でINSネット64の提供を始めた。国際標準のISDNに基づき、電話もデータもデジタルで運ぶサービスである。1本の加入者回線で、64kbpsのデータ通信と電話などを同時に利用できた。のちに家庭のパソコン通信やインターネット接続にも広がった。

目次

ISDNとは何か

INSネット64の2B+DとINSネット1500の23B+Dの概念図
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ISDNは Integrated Services Digital Network の略で、日本語では「サービス総合デジタル網」という。電話、ファクシミリ、コンピュータのデータなどを、共通のデジタル通信網で扱う考え方と規格である。INSネットは、それに基づくNTTのサービス名である。

INSネット64は、従来の電話用に引かれていた銅線を利用しながら、利用者宅と電話局の間もデジタルで通信した。音声は数値に置き換えて運び、コンピュータのデータも同じ通信網へ乗せる。デジタル化とは、家庭まで光ファイバーを引くことと同じではない。

回線には、情報を運ぶBチャネルが64kbpsで2本、発信・着信や切断などの制御情報を運ぶDチャネルが16kbpsで1本ある。「2B+D」という構成である。チャネルは道路の車線のような論理的な区分であり、家庭へ3本の電話線を引くわけではない。Dチャネルを足して、通常のデータ通信を144kbpsで使えるという意味でもない。

DSU(回線終端装置)は加入者線の信号を宅内機器につなぐ装置、TA(ターミナルアダプター)はパソコンやアナログ電話などをISDNへ接続する装置である。家庭ではDSU内蔵TAも普及した。「ISDNモデム」「INSモデム」と呼ばれることもあったが、音を使うアナログモデムと区別するため、本記事では主にTAと記す。

通信速度と距離・時間による従量課金

bpsは1秒間に送れるビット数であり、64kbpsは毎秒64,000ビットを表す。1バイトは8ビットなので、単純計算では毎秒8,000バイトに相当する。ただし、実際には通信手順などに使う分があり、ファイル転送速度はその値より低くなる。

Bチャネルを1本使えば64kbps、対応するTAや接続先で2本を束ねれば128kbpsの通信ができる。1本を通信、もう1本を電話に割り当てる使い方も可能であった。通常の128kbps接続では2本を通信に使うため、その間は同じ2本を使って電話することはできない。

サービス開始当初からの通常の回線交換による通信は、月額の基本料金+使った分の通信料金であった。デジタルになっても、接続先までの距離、接続した時間、時間帯などに応じて料金が増える、電話と同様の従量課金である。送った文字数ではなく、つないでいる時間が費用に響いた。接続先のパソコン通信サービスや、のちのプロバイダーの利用料も別に必要となる場合があった。

たとえば、2000年(平成12年)のNTT西日本の資料にある同一区域内の通常料金は、昼間・夜間が3分までごとに10円、深夜・早朝が4分までごとに10円である。当時の昼間の条件で1回60分つなげば200円となる。これは特定時点・区間の例であり、1988年(昭和63年)から全国一律に同じ料金だったという意味ではない。

128kbpsで2チャネルを同時に使うと、通常は接続した2本分の通信料金がかかる。同じデータを短時間で送り終えられる利点はあるが、長く接続したままにすれば負担が増えた。そのため、通信前に原稿や送信データを準備し、受信後は切断して読む使い方が合理的だった。

電話網のデジタル化

電話交換機の制御と通話路が段階的に進化する図
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電話局の交換機は、発信者と相手の回線を結ぶ装置である。その進化には、接続の手順を決める「制御」と、音声などを運ぶ「通話路」という2つの側面がある。制御のコンピュータ化と通話路のデジタル化は、区別して考える必要がある。

クロスバ交換機では、継電器(リレー)や配線によって接続の手順を決めていた。電子交換機では、プロセッサが記憶したプログラムで手順を実行する蓄積プログラム制御(SPC)へ進んだ。専用の制御回路から、ソフトウェアで動く制御装置へ変わったのである。ただし、アナログ電子交換機では通話路はなおアナログであった。

デジタル交換機では、通話路もデジタル信号を扱うようになった。音声を一定の間隔で数値化し、短い時間を順番に割り当てて多数の通信を運び、目的の回線へ振り分ける。信号を再生しながら伝送できるため、アナログ信号を増幅し続ける方式に比べ、雑音の積み重なりを抑えやすい。

電子化とLSIの進歩は設備の小型化や省電力化を進め、ソフトウェアによる制御は機能追加や故障監視を容易にした。音声とデータを共通に扱えることもISDNの基盤となった。ただし、デジタルなら故障も誤りもなくなるわけではない。

NTTは1995年3月(平成7年3月)に交換機のSPC化を完了し、1997年(平成9年)12月17日に交換・中継伝送設備のデジタル化を完了した。1988年(昭和63年)のINSネット64開始時点で、全国の設備が一斉に切り替わったわけではない。また、一般のアナログ加入電話では家庭と電話局の間にアナログ区間が残り、ISDNはその加入者区間までデジタルにした点に特徴があった。

音響カプラからTAへ――パソコン通信の時代

音響カプラ、アナログモデム、ISDN用TAの機器と通信速度の比較
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パソコン通信は、電話回線で特定のホストコンピュータへ接続し、電子掲示板、電子メール、ファイルの送受信などを利用する仕組みであった。のちのインターネット利用とは区別される。画面に文字が流れる速さは、通信機器の進歩とともに大きく変わった。

音響カプラは、受話器をゴムのカップに押し当て、音を介して電話回線と結び付ける機器である。データを変調した「ピーガー」という音を使い、電話機に外部接続口がなくても通信できた。当サイトのJ-3100SSの使用記録では、300bpsの音響カプラを利用している。音響カプラとモデムが一体の製品もあり、必ず別々の機器だったわけではない。

電話線へ直接接続するアナログモデムでは、データを電話の音声帯域で運べる信号に変換した。代表的な速度は2,400bps、9,600bps、14.4kbps、28.8kbps、33.6kbpsへと向上した。後期のV.90方式では、接続先設備などの条件が整えば下り最大56kbpsとなったが、上りは最大33.6kbpsであり、普通のモデム同士が必ず56kbpsで通信できたわけではない。

ISDNのTAは、音声用のアナログ信号へ変換する方法を通らず、64kbpsのデジタル通信を行った。1980年代末のモデムと比べれば大幅な高速化であり、接続までの待ち時間も短くなった。64kbpsは、当サイトで使った300bpsの約213倍に当たる。ただし、パソコン側のシリアルポートや接続先の対応によっても性能は左右された。

家庭のアナログ電話1回線をモデムが使用中なら、通常はその回線で同時に電話をかけられない。INSネット64では、Bチャネルを1本ずつ通信と通話へ割り当てられた。この「電話をふさがずに通信できる」利点が、通信速度と並ぶ魅力となった。

ISDN対応公衆電話でモバイル通信

ISDN対応公衆電話でモバイル通信するJ-3100SS利用者
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1990年3月(平成2年3月)には、ISDN回線を使うグレーの公衆電話が登場した。外部端末接続口を備え、パソコンやファクシミリを接続して通信できた。1988年(昭和63年)のINSネット64開始から約2年後、デジタル通信網は外出先での利用にも広がっていった。

ISDN対応公衆電話には、アナログ端末やISDN端末を接続する機能があった。アナログ側へモデムをつなぐ方法と、デジタル側へ対応するTAなどをつなぐ方法では、通信方式も速度も異なる。ノートPCの通信端子を公衆電話へ無条件に直結できるわけではなく、対応機器やケーブルの用意が必要であった。
ダイナブック J-3100SS でモバイル生活には、電話ボックスにノートPCを持ち込み、通信する様子のイラストが掲載されている。受話器に音響カプラを当てる方法から、接続口を利用する方法へ進むと、周囲の音や受話器の取り付け具合に左右されにくくなった。

当時の「モバイル通信」は、歩きながら無線でつなぐことだけを意味しなかった。原稿やプログラムをノートPCに保存して持ち歩き、対応する公衆電話を見つけて接続し、送受信を済ませたら切断する。公衆電話は、外出先にある通信の出入口でもあった。なお、これらは当時の利用法であり、ISDNのデジタル通信モードを使う機能は、固定電話網のIP化に伴い2024年1月(令和6年1月)から地域ごとに終了した。

企業を支えたINSネット1500

1989年6月(平成元年6月)には、より多くの通信を扱うINSネット1500が始まった。家庭や小規模事業所で使われたINSネット64に対し、企業のPBX(構内交換機)、テレビ会議、インターネット接続事業者の着信用回線などで利用された。名称は「ISN」ではなく「INS」である。

基本的な構成は、64kbpsのBチャネル23本と、64kbpsのDチャネル1本からなる23B+Dで、情報用のBチャネルだけなら合計1,472kbpsになる。約1.5Mbps級のサービスだが、その全体を常に1台のパソコンが使うわけではない。複数の電話やデータ通信へ分けて利用できる点が重要である。

ほかの回線とDチャネルを共用する構成では、24本分のBチャネルを使える場合もある。複数のBチャネルを束ねるには、対応する端末や相手側設備が必要となる。INSネット1500は光ファイバーを用いたサービスであるが、後年の家庭向け光インターネットとは用途も通信の仕組みも異なる。

PHSとISDN網の関係

ノートPCからPHS端末、小型基地局、ISDN網を通る通信の概念図
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1995年(平成7年)に商用サービスが始まったPHSは、小さな基地局を多数置くデジタル方式の移動通信であった。ISDN網を利用する構成では、基地局から先の交換・伝送に既存の固定網を活用できた。ISDNは、家庭の電話だけでなく、移動通信を支える設備とも関係していた。

ただし、PHSの無線区間とISDN加入者線は同じものではない。たとえば、32kbpsのPHSデータ通信を64kbpsのISDNチャネルにつなぐ場合には、速度の違いを合わせる仕組みが要る。固定網にISDNを利用していても、無線区間まで自動的に64kbpsになるわけではない。また、事業者や方式によって網の構成は異なり、すべてのPHS事業者が家庭用のINSネット64をそのまま使った、という意味ではない。

1997年(平成9年)にはPIAFS(ピアフ)による32kbpsのデータ通信が実用化され、PHSをノートPCにつないで利用できるようになった。その後、64kbps通信などへ進んだ。公衆電話のある場所でケーブルをつなぐ方法から、電波の届く場所で通信する方法へ、持ち歩くPCの使い方が広がった。32kbpsなどは方式上の値であり、実際の転送では通信手順の分だけ速度が下がる。

ADSLと定額接続の時代

電話線の周波数を電話とデータで分けるADSLの概念図
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ADSLは Asymmetric Digital Subscriber Line の略で、「非対称デジタル加入者線」を意味する。電話用の銅線を使い、音声より高い周波数帯にデータを乗せる。電話とデータをスプリッタで分け、電話をかけながら高速通信できるようにした。

「非対称」とは、受信する下りと送信する上りの速度が異なることである。ウェブの閲覧やファイルのダウンロードでは受信量が大きくなりやすいため、下りを速くする構成が広く使われた。銅線を利用していても、インターネットのデータを通常の音声通話として運ぶわけではない。電話局側のDSL装置からデータ用ネットワークへ振り分ける。

日本では1990年代末から商用化が進み、NTT東日本・西日本は2000年12月(平成12年12月)にフレッツ・ADSLを開始した。当初の最大速度は下り約1.5Mbps、上り512kbpsで、その後は下り数十Mbps級のサービスも登場した。64kbpsのISDNと比べ、画像の多いウェブページや大きなファイルを扱いやすくなった。

一方、ADSLの信号は、電話局からの銅線が長いほど弱まりやすく、雑音やほかの回線からの干渉も受ける。表示された最大速度が、どの家庭でも出るわけではない。一般的な電話共用型ADSLはアナログ加入電話の回線を対象とし、INSネット64の契約をそのまま重ねて利用するものではなかった。

料金面では、使う時間を気にせず接続できる月額定額と常時接続が大きな変化であった。回線や接続サービスの月額料金はかかるが、通常のADSLデータ通信に電話の通話時間に応じた料金は生じない。電話をかければ、その通話料金は別にかかる。

ただし、定額化をADSLだけの発明と考えてはいけない。深夜・早朝の指定先への通信を定額にするテレホーダイ系のサービスに加え、ISDNでも2000年7月(平成12年7月)に定額のフレッツ・ISDNが本格提供された。64kbpsでも長時間利用の費用を見通せるようになり、そこへADSLの高速化が重なったのである。フレッツ・ISDNやADSLでは、回線の基本料やプロバイダー料金なども含めて費用を考える必要があった。

光回線の時代

通信事業者の設備から光ファイバーとONUを経て家庭のPCへつながる図
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FTTHは Fiber To The Home の略で、家庭まで光ファイバーを引く方式である。電話用銅線の高周波を使うADSLに対し、光の信号で情報を運ぶ。ONU(光回線終端装置)が光信号と電気信号を変換し、ルーターやパソコンへつなぐ。

NTT東日本・西日本は2001年8月(平成13年8月)にBフレッツの本格提供を始めた。初期には10Mbps級や100Mbps級の品目があり、その後、家庭向けにも1Gbps、10Gbps級のサービスが広がった。1Gbpsは1,000Mbpsである。ただし、回線の共有、混雑、接続機器や相手先の性能によって、実際の速度は変わる。

高速化と定額の常時接続は、大きな写真や動画の送受信、オンライン会議、クラウドの利用などを日常のものにした。短時間で接続を切る工夫を重ねたパソコン通信の時代から、必要なときにいつでもネットワークを使う時代へ進んだのである。光回線を使う電話も、かつてのISDNと同じサービスではなく、IP網で音声を運ぶ仕組みが中心となった。

ISDNの役目も変わり、NTT東日本のフレッツ・ISDNは2026年(令和8年)1月31日に終了した。INSネット64・64ライト・1500は2028年(令和10年)12月31日に終了する予定である(2026年10月(令和8年10月)時点)。1988年(昭和63年)に始まった家庭までのデジタル化は、通信の高速化だけでなく、電話とコンピュータが同じ社会基盤を使う流れの重要な一段階であった。

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参考サイト

(この項おわり)
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