
ホルムズ島のポルトガル城塞
1622年、ポルトガルに占領されていたホルムズ島を、ジェームズ1世のイングランド王国と、アッバース1世のサファヴィー朝の連合軍が10週間包囲し、これを奪還した。

アッバース1世
1588年、クーデターによりサファヴィー朝の第5代シャーとなったアッバース1世は、建国以来要職を独占していたキジルバシ(トルコ系遊牧民のサファヴィー教徒)を排除し内政改革を行った。
1598年には、首都をカズヴィーンからイスファハーンへ遷都する。さらに、シャイバーニー朝のアブドゥッラー2世が死去を狙い、帝国の北西方面にあるウズベク族を討伐し、ホラーサーン地方を奪った。
1603年、アッバース1世はオスマン帝国への対外遠征を開始。1623年、バクダードを奪還する。
1598年には、首都をカズヴィーンからイスファハーンへ遷都する。さらに、シャイバーニー朝のアブドゥッラー2世が死去を狙い、帝国の北西方面にあるウズベク族を討伐し、ホラーサーン地方を奪った。
1603年、アッバース1世はオスマン帝国への対外遠征を開始。1623年、バクダードを奪還する。

ジェームズ1世
アッバース1世は、イングランド王国に絹貿易を保障することでジェームズ1世と同盟を結び、軍隊の近代化を行った。イギリス東インド会社が派遣したイングランド艦隊と連合し、1622年、ホルムズを攻略、奪還する。
ポルトガルのバッキンガム公はイギリス東インド会社を訴えようとしたが、逆に東インド会社はホルムズ占領の戦利品の1割をバッキンガム公に贈ることで、訴えを取り下げさせた。
ポルトガルのバッキンガム公はイギリス東インド会社を訴えようとしたが、逆に東インド会社はホルムズ占領の戦利品の1割をバッキンガム公に贈ることで、訴えを取り下げさせた。
この時代の世界
(この項おわり)