西暦1618年 - 三十年戦争はじまる

ドイツが荒廃するが、各国は主権国家体制へ移行
プラハ窓外投擲事件
プラハ窓外投擲事件
1618年、ボヘミアにおいてプロテスタントの反乱をきっかけに三十年戦争が勃発する。
戦争は神聖ローマ帝国内におけるカトリックとプロテスタントの対立ではじまったが、後半はハプスブルク家ブルボン家ヴァーサ家による大国間のパワーゲームに発展してゆく。
16世紀に始まった宗教改革により、プロテスタントとカトリックの対立が深まっていた。とくに神聖ローマ帝国では、皇帝カトリック派と、独立性を求めるプロテスタント諸侯の間で緊張が高まっていた。
神聖ローマ帝国は多数の諸侯や都市で構成され、中央の権力は強くなかった。このため、帝国内の支配権を巡る権力闘争に加え、フランス、スペイン、スウェーデンなど周辺大国も、宗教とは別に領土拡大や政治的影響力の確保を狙って介入した。
こうしたなか、1618年に、カトリック皇帝フェルディナント2世の政策に反発したボヘミアのプロテスタント貴族たちが反乱を起こし、皇帝側の役人を窓から投げ落とすという「プラハ窓外投擲事件」をきっかけに、ヨーロッパ世界は三十年戦争へ突入する。

1625年までに、ボヘミアのプロテスタントが皇帝軍に敗北し、フェルディナント2世の中央集権化が進んだ。
デンマーク王クリスチャン4世はプロテスタント側を支援したが、神聖ローマ帝国の将軍ティリーやヴァレンシュタインに敗北し、1629年のアルテブルク勅令でプロテスタントの権利が制限された。
1630年頃にスウェーデン王グスタフ2世アドルフがドイツに攻め込み、プロテスタント勢力が盛り返した。常備軍、火器の活用といった近代戦の要素が戦闘に大きな影響を与えた。だが、グスタフ2世アドルフは1632年のリュッツェンの戦いで戦死してしまう。
当時のフランスはカトリック国家だったが、同じカトリックのスペインと神聖ローマ帝国に囲まれていた。このままカトリック側が優勢の形で決着がつくと、フランスの存在が危うくなると考えた宰相リシュリューは、プロテスタントと手を組み、1635年にスペインに宣戦布告する。こうして、三十年戦争は宗教戦争からヨーロッパ全域のパワーゲームに変質した。

三十年戦争は、1648年のウェストファリア条約によって終結する。
この条約によりカトリックとプロテスタントに同じ権利が与えられ、国家が自国内の宗教政策を決定できるようになり、宗教戦争の時代は終わりを迎えた、ヨーロッパの秩序は主権国家体制へと移行していく。諸領邦の主権を認めたためにドイツの分裂は確実なものとなり、アルザス=ロレーヌ地方を獲得したフランスが優位に立つ。また、スイスやネーデルラント連邦共和国(現在のオランダ)の独立も承認された。ドイツ国土は荒廃し、1800万人いた人口が700万人にまで減ってしまった。人口減少と社会的混乱は18世紀まで尾を引いた。

この経験から、グロティウス国際法の必要性を説き、戦後、諸国は勢力均衡を狙った体制を築く。また、常備軍、近代的火器、国際外交儀礼などの要素が戦争経験を通じて整備され、近代国家形成の基盤となった。

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