1914 年 6 月 28 日、オーストリアの皇太子フランツ・フェルディナンド大公が妻ゾフィーを伴なって、当時オーストリア領だったボスニア州(現ボスニア・ヘルツェゴビナ)の首都サラエボにやってきていた。パレードの最中、夫妻はセルビア系ボスニア人の青年、ガブリロ・プリンツィップによって暗殺されるというサラエボ事件が起きた。
フェルディナント暗殺の知らせはウィーンに届き、皇帝フランツ・ヨーゼフ 1 世は激怒した。
セルビアの背後にはロシアが控えていた。ロシアは汎スラブ主義を掲げ、バルカン半島への瞬出を目論んでいた。このままではセルビアとの戦争になるが、ロシアが参戦したらオーストリアの勝ち目はない。
セルビアの背後にはロシアが控えていた。ロシアは汎スラブ主義を掲げ、バルカン半島への瞬出を目論んでいた。このままではセルビアとの戦争になるが、ロシアが参戦したらオーストリアの勝ち目はない。
ヨーゼフ 1 世は、汎ゲルマン主義を掲げる同じゲルマン民族のドイツに支援を求めた。ドイツはこれを了承した。
一方のロシアも強硬姿勢を崩さず、フランス、イギリスを味方に付けた。フランス、イギリスはドイツと植民地の利権を巡って争っていたからである。

1914 年 7 月 27 日、まずフランスが海軍の動員を発令。ロシア、ドイツが続いた。
そして 7 月 28 日、オーストリアがセルビアに宣戦布告し、第一次世界大戦が始まる。ドイツを中心に、オーストリア、オスマン帝国などが属する同盟国に対し、イギリス、フランス、ロシア、アメリカ、日本などの連合国が総力戦を繰り広げた。

第一次世界大戦では、戦車、飛行機、手榴弾などの新兵器が登場する。世界初の戦車を開発したイギリスは、戦車を水を入れるタンクに偽装して戦場へ運んだ。戦車を「タンク」と呼ぶのは、この時の名残である。
一方のロシアも強硬姿勢を崩さず、フランス、イギリスを味方に付けた。フランス、イギリスはドイツと植民地の利権を巡って争っていたからである。
1914 年 7 月 27 日、まずフランスが海軍の動員を発令。ロシア、ドイツが続いた。
そして 7 月 28 日、オーストリアがセルビアに宣戦布告し、第一次世界大戦が始まる。ドイツを中心に、オーストリア、オスマン帝国などが属する同盟国に対し、イギリス、フランス、ロシア、アメリカ、日本などの連合国が総力戦を繰り広げた。
第一次世界大戦では、戦車、飛行機、手榴弾などの新兵器が登場する。世界初の戦車を開発したイギリスは、戦車を水を入れるタンクに偽装して戦場へ運んだ。戦車を「タンク」と呼ぶのは、この時の名残である。
日本の参戦
終戦
1918 年 11 月、ドイツの敗北によって第一次世界大戦が終結する。4 年 4 ヶ月の戦争で、死傷者は約 3 千万人に及んだ。様々な新技術を用いた総力戦は、とくにヨーロッパ諸国に大きな傷跡を残した。
第一次大戦前後に 4 つの帝国が滅んだ。ドイツ、オーストリア、ロシア、オスマンである。それにともなって、ソヴィエト連邦をはじめとする多くの新しい国が生まれた。
中国の清朝は 1911 年の辛亥革命で滅びているが、その後の情勢は混沌として、中華人民共和国が生まれるには、まだ時間を必要としていた。

1919 年 1 月、パリで講和会議が開かれ、日本も参加する。6 月、ベルサイユ条約が締結される。
この戦後処理は、ドイツに責任を押しつけ、過大な負担を強いるものであった。この処霞がヒトラーの台頭を呼ぴ、やがて第二次世界大戦の勃発につながる。ドイツ、イタリア、日本をはじめとする枢軸国と、イギリス、フランス、アメリ力、ソ連などの連合国の戦いは、後者の勝利に終わった。

日本が併合を断行した韓国では、1919 年 3 月 1 日、宗教団体を中心に独立運動が行われた(三・一運動)。また中国では、ドイツの権益が日本に渡されることを知った学生などを中心に天安門広場でデモ行進が行われ、反日感情が高まる(五・四運動)。

日本では、第一次世界大戦で戦争成金が誕生する一方、労働者の暮らしは依然として厳しかった。
1911 年、鈴木文治は「友愛会」を立ち上げ、労働運動を広げる。1920 年 5 月 2 日、日本初のメーデーが行われ、友愛会は日本労働総同盟と改名する。

1919 年 11 月、平塚らいてう、市川房枝らにより日本婦人協会が創設される。
第一次大戦前後に 4 つの帝国が滅んだ。ドイツ、オーストリア、ロシア、オスマンである。それにともなって、ソヴィエト連邦をはじめとする多くの新しい国が生まれた。
中国の清朝は 1911 年の辛亥革命で滅びているが、その後の情勢は混沌として、中華人民共和国が生まれるには、まだ時間を必要としていた。
1919 年 1 月、パリで講和会議が開かれ、日本も参加する。6 月、ベルサイユ条約が締結される。
この戦後処理は、ドイツに責任を押しつけ、過大な負担を強いるものであった。この処霞がヒトラーの台頭を呼ぴ、やがて第二次世界大戦の勃発につながる。ドイツ、イタリア、日本をはじめとする枢軸国と、イギリス、フランス、アメリ力、ソ連などの連合国の戦いは、後者の勝利に終わった。
日本が併合を断行した韓国では、1919 年 3 月 1 日、宗教団体を中心に独立運動が行われた(三・一運動)。また中国では、ドイツの権益が日本に渡されることを知った学生などを中心に天安門広場でデモ行進が行われ、反日感情が高まる(五・四運動)。
日本では、第一次世界大戦で戦争成金が誕生する一方、労働者の暮らしは依然として厳しかった。
1911 年、鈴木文治は「友愛会」を立ち上げ、労働運動を広げる。1920 年 5 月 2 日、日本初のメーデーが行われ、友愛会は日本労働総同盟と改名する。
1919 年 11 月、平塚らいてう、市川房枝らにより日本婦人協会が創設される。
サラエボ事件付近の地図
この時代の世界
参考書籍
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第一次世界大戦の起原 改訂新版 | ||
| 著者 | ジェームズ・ジョル/池田清(政治学) | ||
| 出版社 | みすず書房 | ||
| サイズ | 単行本 | ||
| 発売日 | 2007年06月 | ||
| 価格 | 4,536円(税込) | ||
| ISBN | 9784622073215 | ||
| 戦争と革命の世紀となった20世紀。その序幕は、第一次世界大戦の勃発だった。“運命の夏”1914年7月に、長い導火線の火はついにサライェヴォで爆発し、ヨーロッパ各国はつぎつぎと戦争に突入する。しかもそれは短期決戦という予想を裏切り、史上はじめての総力戦となった。開戦の複雑な経緯は、いまだに歴史家を魅了してやまない。著者はいわゆる「7月危機」に焦点を絞り、そこにダイナミックに集中していく歴史の力学のベクトルを、ひとつひとつ検証していくー帝国主義的な軍備競争、各国の内政の力関係、国際経済、時代の雰囲気。それらは開戦の決定にどう連動したか。また、決定責任者の個人責任はどこまで追及されるべきか。改訂新版は、初版刊行後8年間の研究を組み込み、とくに戦争の導火線といわれたイタリアの動向をより深く掘り起こして、戦争の起原を長いタイムスパンで解明する。 | |||
(この項おわり)

