西暦1929年 - 暗黒の木曜日/ハッブルの法則

世界大恐慌の始まり/宇宙は膨張している

暗黒の木曜日

ニューヨーク・ウォール街の群衆
1929 年 10 月 24 日(木曜日)、ニューヨーク証券取引所で株価が大暴落したことを引き金に、世界的な金融恐慌が起きた。

第一次世界大戦後、ヨーロッパ経済が疲弊したおかげで、アメリカ経済は空前の好況状態となる。
1920 年代前半に入ると農産物が供給過剰となり、鉄道、石炭産業に景気の陰りがみえるが、なおも投機熱は冷めなかった。
そんな中、1929 年 10 月 24 日の市況はゼネラルモーターズの株価の下落ではじまり、間もなく売り一色の展開となった。シカゴとバッファローの市場は閉鎖され、ウォール街には警官隊が出動し群衆の取り締まりに当たらなければならなかった。
これが後に「暗黒の木曜日」(Black Thursday)と呼ばれる世界恐慌の初日であった。

翌日、ウォール街の株仲買人と銀行家が買い支えが入ったものの長続きはせず、1週間で時価総額の 300 億ドル(現在の価値で 34 兆円)が失なわれた。これは当時の連邦予算の 10 倍に相当した。

アメリカに端を発した恐慌はヨーロッパに波及し、1930 年以降、大銀行の破綻が相次いだ。
それまでの軍縮と国際平和協調路線は一気に崩れ、ヨーロッパ世界は第二次世界大戦へ突き進むことになる。
一方、関東大震災昭和金融恐慌で疲弊していた日本経済は、金本位制への回帰という政策をとったために大打撃を受ける。これにより内閣の信用は失墜し、軍部の増長を招くことになる。

大恐慌の前に売り抜けた実業家のジョセフ・ケネディは、大恐慌の最中の大統領選で当選したフランクリン・ルーズベルトジョン・F・ケネディ大統領の父を資金面でサポートし、1938 年にはイギリス大使に任じられた。

ハッブルの法則

銀河団 Abell 2218 - ハッブル宇宙望遠鏡
1929 年、アメリカの天文学者エドウィン・ハッブルは、銀河が遠ざかる速度(後退速度)は銀河までの距離に比例するという研究成果を発表した。従来、ハッブルの法則と呼ばれていたが、国際天文学連合(IAU)は 2018 年 8 月、IAU総会の場で「ハッブル‐ルメートルの法則」に変更することを提案した。
銀河の後退速度を  mimetex 、距離を  mimetex で表すと、ハッブルの法則は、 mimetex  と表される。後退速度と距離の間の比例定数  mimetex  がハッブル定数である。

ハッブルがこの発表を行う 2 年前の 1929 年、ベルギーの天文学者ジョルジュ・ルメートルが、同様の発表を行っており、ハッブル定数まで求めていた。ところが、論文を掲載したのがフランスの『ブリュッセル科学会年報』という無名のものであったため、その成果は広く知られることなく、長く歴史に埋もれることとなった。
近年になってルメートルの研究経緯が詳しくわかり、宇宙膨張に関する理論研究に対するルメートルの貢献を認めようという動きが起き、IAU総会の場で、「ハッブルの法則」にルメートルの名前を追加するという提案がなされた。
エドウィン・ハッブル
エドウィン・ハッブル
ハッブルは、スポーツの才能に恵まれ、高校のスポーツ大会の 7種目で 1 位を、走り高跳びでイリノイ州の州記録を打ち立てている。シカゴ大学に入学してからもヘビーウエイト級のボクサーとして名を馳せた。
大学では数学と天文学を主に学び、1910 年に学部を卒業。その後、英オックスフォード大学の最初のローズ奨学生の一人に選ばれて法学を学び、修士号を取得した。
第一次世界大戦ではアメリカ軍に入隊し、少佐となった。
戦後はシカゴ大学ヤーキス天文台で研究に従事し、1917 年に博士号を取得した。1919 年、ジョージ・ヘールからウィルソン山天文台職員の職を紹介され、その後の一生をこの天文台で過ごした。
ハッブルがウィルソン山天文台に就職したとき、ちょうど、世界最大の 2.5 メートル・フッカー望遠鏡が完成した。1923 年から 24 年にかけ、ハッブルはフッカー望遠鏡を使った観測を行い、銀河系内の展退と考えられていた星雲が、じつは系外銀河であることを発見し、1924 年 12 月の論文で発表した。ハッブルは、銀河を組成や距離、形状、大きさ、光度などでグループ分けするハッブル分類を考案した。
また、銀河の中にあるセファイド変光星を観測し、セファイド変光星の明るさと変光周期の関係を使って、銀河の赤方偏移と距離の間の経験則をハッブルの法則として定式化した。
第二次世界大戦ではアメリカ陸軍に入隊した。戦後の 1949 年、パロマ天文台の 5 メートル・ヘール望遠鏡が完成し、ハッブルはこの望遠鏡の最初の利用者となった。
ジョルジュ・ルメートル
ジョルジュ・ルメートル
ベルギー出身のルメートルは、イエズス会の学校で人文科学を学んだ後、ルーヴェン・カトリック大学の土木工学科に入学した。第一次世界大戦ではベルギー軍に入隊し、終戦後、戦功十字章の叙勲を受けた。
戦争の惨状に深い衝撃を受け、神学校に入学し、1923 年に司祭となるが、科学に対する好奇心は衰えることなく、数学や物理学を学び、相対性理論をマスターした。
1923 年、ケンブリッジ大学に滞在中、天文学者のアーサー・エディントンから恒星物理学や数値解析の手法を学んだ。1924 年には米ハーバード天文台へ渡り、星雲の研究で有名だったハーロー・シャプレーと共同研究を行った。
ベルギーに戻り、1927 年、『銀河系外星雲の視線速度を説明する、一定質量で半径が成長する宇宙』という論文を発表し、膨張宇宙というアイデアを提示するとともに、ハッブルに先立って膨張定数を示して見せた。
アインシュタインは、この年のソルベイ会議でルメートルに会っているが、膨張宇宙というアイデアは受け入れなかった。
1931 年、ロンドンに招かれたルメートルは、特異点から始まる膨張宇宙説を提唱し、宇宙卵(Cosmic Egg))が創生の瞬間に爆発したと表現した。のちのビッグバン理論である。
ルメートルの理論はキリスト教の天地創造の教義を強く連想させるものとして、アインシュタインを初めとする多くの科学者が激しく反発した。
ルメートルは、科学と信仰を分けて考える立場をとり、膨張宇宙論は次第に科学界に受け入れられてゆく。
1960 年、ローマ教皇庁立科学アカデミー議長となり、死去するまでその職にあった。同じ年、司教にも任命されている。
ルメートルは数値計算に熱心で、1930 年以降、その時代の最高性能の計算機を使っていた。コンピュータの発展やプログラミング言語などの問題に強い関心を持ち続けていた。

この時代の世界

1825 1875 1925 1975 2025 1929 暗黒の木曜日 1929 ハッブルの法則 1889 1953 エドウィン・ハッブル 1894 1966 ジョルジュ・ルメートル 1905 「特殊相対性理論」の発表 1916 「一般相対性理論」の発表 1879 1955 アルバート・アインシュタイン 1948 ヘール望遠鏡が完成 1868 1938 ジョージ・ヘール 1904 1968 ジョージ・ガモフ 1866 1946 H.G.ウェルズ 1882 1945 ロバート・ゴダード 1909 北極点に史上初めて到達 1856 1920 ピアリー 1927 航空機による大西洋横断 1928 ディズニーアニメにミッキーマウス登場 1930 冥王星の発見 1934 日米親善野球 1871 1948 オービル・ライト 1878 1930 カーチス 1872 1933 カルビン・クーリッジ 1882 1945 フランクリン・ルーズベルト 1914 1918 第一次世界大戦 1939 1945 第二次世界大戦 1920 国際連盟の創設 1919 ベルサイユ条約 1928 ファシスト党による一党独裁 1883 1945 ムッソリーニ 1928 ペニシリンの発見 1906 1979 エルンスト・ボリス・チェーン 1934 ヒトラー総統の登場 1889 1945 アドルフ・ヒトラー 1918 トゥーレ協会結成 1875 1945 ゼボッテンドルフ男爵 1863 1945 ロイド・ジョージ 1922 ツタンカーメンの墓の発掘 1874 1939 ハワード・カーター 1859 1941 ヴィルヘルム2世 1912 タイタニック号が沈没 1911 南極点に史上初めて到達 1851 1940 オリバー・ロッジ 1874 1937 マルコーニ 1858 1947 マックス・プランク 1871 1937 アーネスト・ラザフォード 1868 1951 アルノルト・ゾンマーフェルト 1901 1954 エンリコ・フェルミ 1889 1951 ウィトゲンシュタイン 1918 シベリア出兵 1923 ミュンヘン一揆 1930 第1回FIFAワールドカップ開催 1935 シュレーディンガーの猫 1903 1950 ジョージ・オーウェル 1918 シベリア出兵 1865 1950 長岡半太郎 1909 1948 太宰治 1879 1926 大正天皇 1928 昭和天皇、即位の大礼 1927 昭和金融恐慌 1927 日本初の地下鉄 1854 1936 高橋是清 1925 ラジオ放送開始 1925 普通選挙法成立 1923 関東大震災 1913 大正政変 1909 伊藤博文の暗殺 1878 1942 与謝野晶子 1873 1935 与謝野鉄幹 1862 1922 森鴎外 1847 1934 東郷平八郎 1852 1931 北里柴三郎 1852 1933 山本権兵衛 1855 1932 犬養毅 1928 張作霖爆殺事件 1931 満州事変 1904 1905 日露戦争 1932 五・一五事件 1936 二・二六事件 1937 盧溝橋事件 1941 1945 太平洋戦争 1905 1919 ロシア革命 1905 血の日曜日事件 1917 十月革命 1917 二月革命 1870 1924 レーニン 1879 1940 トロツキー 1879 1953 スターリン 1857 1935 ツィオルコフスキー 1909 伊藤博文の暗殺 1928 張作霖爆殺事件 1931 満州事変 1911 辛亥革命 1866 1925 孫文 1927 上海クーデター 1875 1928 張作霖 1881 1938 ムスタファ・ケマル 1922 1923 トルコ革命 1897 1945 チャンドラ・ボース 1931 ガンジー・アーウィン協定 1869 1948 ガンジー 1911 南極点に史上初めて到達 1872 1928 アムンゼン Tooltip

参考書籍

表紙 世界大恐慌――1929年に何がおこったか
著者 秋元英一
出版社 講談社
サイズ 文庫
発売日 2009年02月10日
価格 1,188円(税込)
rakuten
ISBN 9784062919357
一九二九年十月二十四日、突如、大暴落したニューヨーク株式市場。ここに世界を巻きこむ大恐慌は始まった。株価は七分の一に下落、銀行倒産六千件、失業者一千万人ー。難解な専門用語や数式を用いず、当時の新聞記事や証言から、庶民の目に映った経済破綻と数々の経済政策を活写。混沌の坩堝にあった大恐慌期の米国に、現代を生きる我々は何を学ぶか。
 
表紙 バブルの物語新版 人々はなぜ「熱狂」を繰り返すのか
著者 ジョン・ケネス・ガルブレース/鈴木哲太郎
出版社 ダイヤモンド社
サイズ 単行本
発売日 2008年12月
価格 1,620円(税込)
rakuten
ISBN 9784478007921
発生と崩壊を繰り返す「陶酔的熱病=金融バブル」の本質とは何か。今回の世界金融危機を正確に見通していた名著、ついに復活。
 
(この項おわり)
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