西暦1859年 - 安政の大獄

尊攘派弾圧
井伊直弼 1858 年、井伊直弼 (いいなおすけ) が異例の出世で大老に就任する。
直弼は、外国嫌いの孝明天皇 (こうめいてんのう) 勅許 (ちょっきょ) (天皇の許し)を待たずに日米修好通商条約に調印し、尊攘派の反感を買った。
さらに、男子に恵まれない 13 代将軍、徳川家定 (とくがわいえさだ) の後継者をめぐり、周囲の反対を押し切り紀伊の徳川慶福 (よしとみ) (のちの徳川家茂 (とくがわいえもち) )を推薦した。
また、反対派の徳川斉昭 (とくがわなりあき) と、その子、一橋慶喜 (ひとつばしよしのぶ) (のちの徳川慶喜 (とくがわよしのぶ) )らを謹慎処分とし、吉田松陰らを死罪に処した。
space
これら直弼による一連の弾圧事件を「安政の大獄 (あんせいのたいごく) 」と呼ぶ。
YEAR
1780
1805
1830
1855
1880
1905
1930
 
1859
 
安政の大獄
 
1815
井伊直弼
1860
 
1860
 
桜田門外の変
 
1831
孝明天皇
1866
 
1824
徳川家定
1858
 
1846
徳川家茂
1866
 
1837
徳川慶喜
1913
天保の改革
1841
 
1843
 
1828
勝海舟
1899
 
1794
ペリー
1858
 
1853
 
ペリー来航
(この項おわり)
header