西暦1867年 - 大政奉還

徳川幕藩体制の終焉

人は虚しい (1867) 大政奉還

大政奉還 慶応 3 年 10 月 14 日(1867 年 11 月 9 日)、江戸幕府第15 代将軍徳川慶喜 (とくがわよしのぶ) は朝廷に政権を返還する大政奉還を行う。慶喜が将軍職に就任してから 10 ヶ月しかたっていなかった。
space
大政奉還は、土佐藩前藩主山内容堂 (やまうちようどう) による建白書を受けて行われた。その裏には、公武合体を目指している土佐藩の後藤象二郎や坂本龍馬 (さかもとりょうま) の活躍があった。この時点では、慶喜を新政府の首相にすることが予定されていた。
大政奉還から 1 ヶ月後の慶応 3 年 11 月 15 日(1867 年 12 月 10 日)、坂本龍馬が京都の近江屋において暗殺される。
一方、明治天皇は、慶応 3 年 12 月 9 日(1868 年 1 月 3 日)、王政復古の大号令を発する。これは大政奉還に対抗し、徳川幕藩体制を解体することを目論んだものであった。そして、戊辰戦争へと流れてゆく。
space
1867 年から翌68 年にかけ、天から慶事の前触れである御札が降ってくるという噂が広まり、江戸から四国にかけて民衆が「ええじゃないか」を連呼しながら熱狂的に踊るという現象が起きる。
YEAR
1810
1835
1860
1885
1910
 
1867
 
 
1852
明治天皇
1912
 
1831
孝明天皇
1866
 
1835
坂本龍馬
1867
 
1866
 
 
1827
山内容堂
1872
 
1838
後藤象二郎
1897
 
1827
中浜万次郎
1898
 
1827
西郷隆盛
1877
 
1830
大久保利通
1878
 
1833
木戸孝允
1877
 
1834
岩崎弥太郎
1885
 
1853
 
(この項おわり)
header