
1869年、ロシアの化学者ドミトリ・メンデレーエフは、元素を原子量の順に並べると、原子価や化合物の合成などの化学的性質が周期的に繰り返されることに気がついた。この特徴をもとにつくられた元素のカタログが、周期表の原型となる。
当時、似たようなアイデアが複数提案されていたが、メンデレーエフのアイデアが優れていた点は、周期表の中に化学的性質が該当する元素が見当たらない場合は,そこに「?」マークを表示して空欄としたことである。つまり、空欄を埋めるべき未発見の元素が存在することを予言したのである。

メンデレーエフの予言通り、1875年にフランスのボアボードランがガリウムを、1879年にスウェーデンのニルソンがスカンジウムを、1886年にドイツのヴィンクラーがゲルマニウムを、次々発見している。こうして周期表の空欄は徐々に埋められていく。
『資本論』を出版したばかりのエンゲルスはメンデレーエフの予言が的中したことを、「海王星の軌道を算出したルヴェリエの発見と肩を並べる功績だ」と絶賛した。
この評価は、いささかオーバーではあるが、化学が物理学と方を並べる程度に理論的体系が整ったといえるであろう。

メンデレーエフの予言通り、1875年にフランスのボアボードランがガリウムを、1879年にスウェーデンのニルソンがスカンジウムを、1886年にドイツのヴィンクラーがゲルマニウムを、次々発見している。こうして周期表の空欄は徐々に埋められていく。
『資本論』を出版したばかりのエンゲルスはメンデレーエフの予言が的中したことを、「海王星の軌道を算出したルヴェリエの発見と肩を並べる功績だ」と絶賛した。
この評価は、いささかオーバーではあるが、化学が物理学と方を並べる程度に理論的体系が整ったといえるであろう。

さて、メンデレーエフは、きわめて個性的な風貌で知られている。イギリスのノーベル化学賞受賞者のラムゼーは、メンデレーエフの印象を「髪はぼうぼうで、1本1本が勝手な方向に伸びている」と表現し、予言者と呼ぶにふさわしい風貌だった。
この時代の世界
参考書籍
(この項おわり)