西暦1795年 - ハワイ王国の建国

カメハメハ1世(大王)が即位
ヒロのカメハメハ大王像
ヒロのカメハメハ大王像
1795年、ハワイ島からマウイ島の支配を確立したカメハメハ1世(大王)はハワイ王国を建国し、国王に即位する。

1782年、ハワイ島の首長カラニオプウが死去すると、その長男キワラオを倒し、ハワイ島の支配を確立した。カメハメハは、イギリスから武器援助や軍事顧問を招聘し、近代的な軍隊を編成した。

1794年、マウイ島の首長カヘキリが老衰で亡くなると、すぐさまマウイ島に侵攻し、1795年にはオアフ島に逃れた長男カラニクプレを追い、ヌアヌ・パリで抵抗勢力を一掃した。そして、ホノルルでハワイ王朝樹立を宣言、カメハメハ1世として即位する。
1810年までに、残るカウアイ島、ニイハウ島も併合し、ついにハワイ統一を成し遂げる。
1819年5月、大王が没すると、長男がカメハメハ2世として即位する。その後、弟のカメハメハ3世、孫のカメハメハ4世へ王位が継承されてゆく。

カメハメハ大王の孫、カメハメハ5世は1830年に生まれた。幼少期より欧米各国を訪問し、とくにイギリスでは厚遇を受け、1853年にはフリーメイソンのハワイアン・ロッジに加入した。しかし、奴隷制度が公認されていたアメリカでの扱いは冷たく、親英へ傾いていったと言われる。
1863年11月、カメハメハ4世の急逝を受けて即位。1864年に王権強化した新憲法を公布し、親英路線を明確にした。
カメハメハ5世は独身で王位継承者を指名することなく亡くなったため、議会がルナリロを第6代国王として選出した。しかし、1874年2月、ルナリオも逝去。第7代国王カラカウアが即位した。カラカウア王はイオラニ宮殿を建設した。

1891年1月、カラカウア王がサンフランシスコで客死すると、リリウオカラニが女王として即位し、アメリカ人勢力との対決姿勢を強めた。リリウオカラニは1878年に、『アロハ・オエ』を作詞・作曲している。
1893年、アメリカ人勢力によるクーデターが起き、アリイオラニ・ハレに臨時政府が設立され、王政廃止と臨時政府樹立を宣言するハワイ革命が起きる。アメリカ海兵隊がイオラニ宮殿を包囲し、1895年1月、ついに国王廃位の署名にサインし、ハワイ王国は滅亡し、ハワイ共和国となった。
1898年の米西戦争を契機に、ハワイの戦略的重要性が認識され、1898年、アメリカ合衆国に併合され、ハワイ準州となった。真珠湾などに米軍施設が多数建設されアメリカ化が進み、1959年8月、アメリカの50番目の州となる。
リリウオカラニはホノルルに戻り、旧女王としてハワイ島民の敬愛を集め、多くの著作を残し、79歳の大往生を遂げる。

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